「お久しぶりね、ミジュさん。元気にしていた?」
「ええ。ソウルから東京に引っ越してまだ一ヶ月しか経ちませんけど、社員の独身寮に入っているので、住むところには困りません。」
「そう。そこでも調理師をしているの?」
「ええ。」
千尋はミジュがホテルの厨房で働き始めたことを知った。
「ねぇ、どうしてソウルからここに?」
「実は、クビというか、事実上左遷されたんですよ、副支配人に。」
「そんな・・」
ミジュがソンジュにソウル本社から飛ばされたことを知り、千尋は憤りを感じた。
「一体どうして、そんなことになったの?」
「何でも人員整理だとか。わたしは向こうでは副料理長だったし、半年前に行われた料理大会でも優勝したのに・・副支配人は真っ先にわたしを切りました。」
ミジュはそう言って悔しそうに唇を噛むと、コーヒーを一口飲んだ。
「酷い人ね、あなたが仕事を頑張って、努力をしたら副料理長になったっていうのに・・その功績を認めないなんて。」
「料理長は副支配人に抗議されましたが、聞く耳を持ってくれなくて・・」
「社長は?副支配人が独断で人事権を行使するなんて、許されないことでしょう?」
「最近、ソウルでは何かがおかしくなりかけているんです。社長は健在なんですが、副支配人が力を持ちすぎているような気がして・・」
「そう。」
もっとミジュからソウル本社のことを詳しく聞きたかった千尋だったが、バイトの時間が迫ってきたので、彼女に携帯のメールアドレスを書いたメモを渡して、カフェから去っていった。
(ソウル本社で何かがおかしくなりかけている・・この前ソウルに行ったとき、あの人がいろいろとわたし達を詮索していることに、何か関係があるのかも・・)
バイト先へと向かう電車の中で、千尋はソンジュが不審な行動を取るのを少し推理してみた。
彼が何かと自分たちを詮索してくるのは、歳三が社長に目を掛けて貰っているからではないだろうか。
いずれ彼女は、自分の右腕として歳三をソウル本社へと戻すつもりで居ることをひそかに嗅ぎ付け、虎視眈々と彼を追い落とそうとしているのだ。
だから、あんなFAXを学校に送りつけたのだ。
どこまでも卑劣で陰湿なのか。
千尋はソンジュへの怒りに震えていると、車内のアナウンスがバイト先の最寄り駅を告げた。
彼女はさっとバッグのストラップを握り締めて席から立つと、扉の前へと立った。
ほどなくして電車はプラットホームへと滑り込み、扉が開いた瞬間どっと乗客たちが次々と電車から降りていった。
千尋はバッグの中から定期を取り出し、改札を抜けようとすると、突然誰かにバッグを掴まれた。
(なに・・?)
くるりと彼女が振り向くと、そこには愛美が立っていた。
青森の寒村で会った頃の彼女は、一寸の隙なく最先端のファッションにミを包んでいたが、今目の前に立っている彼女はヨレヨレのトレーナーと、ケミカルウォッシュのジーンズを着ていた。
「お久しぶりねぇ。」
愛美はそう言って、ニィッと不気味に口端を上げた。
彼女は何か光るものをバッグから取り出し、突然千尋にぶつかった。
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