「よぉ、お二人さん。」
種田はニヤニヤしながら薫達に話しかけたが、彼女たちは彼の脇を通り過ぎていった。
「ねぇ、さっきのはヤバイんじゃない?」
「そんなこと知らないわよ。それよりもあんたの今学期のテストの方が心配だわ。」
「美輝子ったら、そればっかり!」
双子達が駐輪場で自転車を停めて下足箱で上履きに履き替えていると、誰かが彼らの背後を通り過ぎていった。
「おはよう。」
「おはよう。」
教室に入ると、クラスメイトの何人かが二人に挨拶を返した。
「ねぇ土方さん、今日は数学が一時間目にあるのよ!」
「え~、そうなの!」
テスト勉強を一ヶ月前からしていた美輝子は、いつもテスト直前になって泣きつくクラスメイトにそう生返事をすると、鞄からノートを取り出した。
「お姉ちゃんはいつも余裕たっぷりなんだから。」
「あんたが余裕なさ過ぎるのよ。」
「だって部活が忙しいんだもん、仕方ないじゃん。」
薫は女子サッカー部に入っており、中間テスト終了後に行われる選抜テストのことばかり考えていたので、勉強が疎かになるのも当然だった。
「まぁ、あんたの実力なら大丈夫だって。」
「そうはいかないわよ。今年の一年は結構凄い子が揃ってるのよ。」
「あたしだってこのテストが終われば、大会に向けて練習漬けの日々を送るんだから。」
美輝子はノートを閉じて鞄に直すと、溜息を吐いた。
彼女は新体操部に所属しており、10月に大きな大会があった。
「受験生なのに選抜テストに大会なんて、忙しいったらないわ!」
「全くよね!」
二人が声を揃えてそう言った時、試験開始のチャイムが鳴った。
「あ~、疲れたぁ!」
「一日目でそんな事言ってどうすんのよ。これが終わったら夏休みだよ、あと少しだから頑張ろう?」
「そうは言ってもさぁ、全然わかんないし!」
理科の参考書を小一時間睨んでいた薫は、諦めたかのようにそれを閉じた。
「あんたって途中ですぐ諦めるんだから。」
「お姉ちゃんとは頭の出来が違うんだもん、しょうがないじゃん!」
クーラーが利いた部屋で薫はそう愚痴ると、コーラを一口飲んだ。
「ねぇ、パパ今日遅いんだっけ?」
「うん。何でも、お見合いだってさ。」
「お見合いぃ!?」
姉の言葉を聞いた薫は、コーラを吹き出しそうになった。
一方、歳三は都内某所の一流フレンチレストランで、水を飲みながら向かいの椅子に座る振袖姿の女性を見ていた。
千尋と死別してから8年、父娘3人の暮らしで満足していた歳三の元に突然見合い話が来たのは、団地のお節介おばさんことシノダさんだった。
「土方さん、あなたまだ若いんだから、再婚しないと!」
「いえ、俺は・・」
「駄目よ、これか女親が必要になる年頃なんだから!」
半ば押し切られるような形で、歳三はシノダさんと一緒にレストランに来てしまったのであった。
「あの・・土方さんには、娘さんが・・」
「おりますが、それが何か?」
「いえ、別に・・」
「まぁ、ごめんなさいね。亜里沙ったら緊張しちゃって、駄目ねぇ。」
振袖姿の女性の隣に座っていた中年女性は、そう言って女性を肘で突いた。
亜里沙という見合い相手は、去年お嬢様大学を卒業して、一流企業に勤めているOLである。
「ねぇ土方さん、うちの娘はお花やお茶が趣味で、お免状も取っておりますのよ。それに、来年は日舞を習う予定なんですの。」
「はぁ、そうですか・・」
勝手に娘の趣味を話し出す母親の言葉を聞きながら、亜里沙は娘達と趣味が合わないなと歳三は思った。
娘達は身体を動かすことが大好きで、初めて二人がした習い事はサッカーと体操教室だったし、中学でも運動部に所属している。
「うちの娘達はスポーツが大好きでね、クラブでは新体操部と女子サッカー部に所属してるんですよ。」
「まぁ、活発なお嬢様達をお持ちでいらっしゃること・・」
女性の言葉の端々に、少し毒が含まれていることに歳三は気づいた。
「ああ、もうこんな時間だ。急用を思い出したので失礼します。」
「え、ちょっと、土方さん!?」
突然席を立った歳三に慌てるシノダさんたちをレストランに残して、彼はタクシーを拾って自宅へと向かった。
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