「一体何を・・言っているんだ?」
「とぼけるのもいい加減にしてくれよ、父さん!あんたの所為で会社を解雇されて、弟は自殺した!あんたが15年前に馬鹿な真似をしたから!」
「馬鹿な真似だと!?ああしなければ、弟はあの時死んでいた筈なんだぞ!」
「あんたが人を殺した金で自分の命が助かった事を知って、絶望したんだよ!」
孝輔はそう言うと、弟の遺書をガラス越しに敏明の前に突き付けた。
そこには、他人の命を奪った金で今まで生きながらえていることを知った時、もう生きていく気力がなくなったと書かれていた。
「お前達の為、お前達の為ってあんたは言うけど、僕達は一度もあんたに感謝したことはない。寧ろ、憎んでいたよ。」
「孝輔・・」
「いつも仕事で家を留守にして、母さんや僕達がどんなに寂しかったか・・その上、外に女まで作って好き勝手し放題していたあんたのことを、母さんは死ぬまで見捨てなかった。本当は別れたかったんだろうよ!」
「そんな、そんな筈はない・・」
「母さんが死んだ日の朝、こんなものを見つけたよ。」
孝輔はそう言うと、ショルダーバッグから母の日記帳を取り出した。
「ここには、あんたに愛されなかった母さんの悔しさや怒りが綴られていたよ!結局あんたは、自分だけが可愛いだけの“裸の王様”だったんだ!」
「孝輔・・」
「もうあんたとは縁を切る。殺人犯の息子としてこれから世間から後ろ指さされて一生を送るなんて御免だ!」
孝輔は言いたい事を言うと、面会室から出て行った。
(わたしは・・間違っていたのか?)
独房に戻った敏明は、今まで自分が築き上げて来た人生が全て偽物であったことに漸く気づき、深い絶望に沈んだ。
今までがむしゃらに、会社を大きくすることだけを思って働いてきた。
その結果、家庭を全く顧みなかったが、妻は自分のことをわかってくれていると思い込んでいた。
だがそれは、自分の独り善がりの考えでしかなかったのだ。
周囲から賞賛され、華やかな表舞台に立っていた自分は、その裏で大勢の人間から憎まれていた。
今まで、自分はそれに気づかなかったのだ。
(わたしは、何て愚かだったのだ・・)
15年前、息子の命を救う為だけに他人の命を奪った。
だがその息子は自ら命を絶った。
そしてもう一人の息子からは絶縁を言い渡され、自分にはもう家族も何もかもなくなった。
このまま、暗く湿った独房で残りの人生を送るのか―
そんな屈辱を味わうのは、我慢できなかった。
翌朝、独房を巡回中の看守が、敏明が中でぐったりとした様子である事に気づいて独房に入ると、既に彼は息絶えていた。
ドアノブには、細くねじったトレーナーの袖が結ばれていた。
『今朝9時ごろ、SASAKIグループ元代表取締役、佐々木敏明氏が独房で自殺しているのを巡回中の看守が発見しました。佐々木氏は、15年前の殺人事件と、今月13日に殺害された警察官の事件に関与している疑いがあり・・』
父が独房内で自殺したというニュースを孝輔が知ったのは、朝食を取りに行った牛丼屋でのことだった。
唯一の肉親が死んだというのに、孝輔の心には何の感情も湧いてこなかった。
寧ろ、彼が死んでくれてよかったと思った。
(あの人が死んでも、苦しみは終わらない・・)
牛丼を食べ終えた孝輔は、レジで会計を済ませると、ある場所へと向かった。
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