「桂さん、来ちょったか。」
「大久保さんも、来てたか。」
「ああ。」
祇園の茶屋「松野亭」で開かれている会合に出席した桂は、そこで薩摩藩士・大久保一蔵(後の大久保利通)と会った。
「西郷さんは、居ないようだが?」
「西郷さんは、長州が嫌いじゃち、顔は出しもはん。」
「そうか・・」
長州と薩摩は禁門の変が原因で犬猿の仲ではあるが、桂はいつまでも薩摩といがみ合ってはいけないと龍馬から窘められ、薩摩の者と手を結ぼうとしていた。
「ここに来とるのは、僕と大久保さん、井上君だけか?」
「いんや・・もうそろそろ来る頃じゃと思うが・・」
「遅れてしまって済まないね。」
大久保がチラリと襖の方を見た時、不意にそれが開いて伊東甲子太郎が部屋に入って来た。
「あなたは、確か新選組の・・」
「新選組じゃと!?大久保さぁ、敵をこげん所に連れて来るとは・・」
「まぁ落ち着きんさい、井上さぁ。伊東さぁをここに呼んだのは、争う為ではありもはん。」
「そこへ座ってもいいかな?」
「どうぞ。井上さぁ、刀を納めもんせ。」
刀を抜いたまま伊東を威嚇している井上に対して大久保がそう声を掛けると、彼は漸く刀を鞘に納めた。
「どうして、あなたがここに?新選組と長州は敵同士の筈でしょう?」
「勘違いして貰っては困ります。確かに僕は新選組に籍を置いてはいるが、主義思想は皆さんと同じです。すなわち、この国を天皇を中心とする国家とする事・・」
「そうですか。では、我々と手を結ぼうとなさっているのはどうしてですか?」
「近頃の幕府は、西洋諸国に対して弱腰過ぎます!浦賀に黒船が来航し、不平等な条約を締結させられた挙句、西洋人は日本を植民地にしようとしている!そのような横暴な真似は、決して許さない!」
「そうじゃ、そうじゃ!神国日本を穢す異人どもは、一人たりともこの国に入れてはならん!」
「そう言うても大久保さん、この国は西洋諸国に対して遅れとる。英国は軍事や経済も、何十年も先を行っとる。」
英国に留学した井上は、かの国の発展ぶりと、その軍事力の大きさを肌で感じていた。
それ故に、今の日本の軍事力では、英国に敵う筈がないと解っていた。
「君の言う事は一理あるね、井上君。ただ尊王攘夷を叫んでいるだけでは、何も変わらない。そうでしょう、桂さん?」
「ええ、僕も井上君の意見に賛成です。今はどうすべきか、考えるべきかと。」
「少し頭を冷やした方がよか。酒でも酌み交わしもはんぞ。」
大久保はそう言うと、両手を鳴らして襖の外に控えていた舞妓を呼び出した。
「失礼しますぅ。」
ゆきと双葉は少し緊張した面持ちで大久保達に挨拶すると、彼は豪快に笑った。
「そげん緊張せんでもよか。景気づけにひとさし、舞うてくれ。」
「へぇ。」
ゆきと双葉は目配せすると、双葉は三味線を奏で始めた。
双葉の伴奏に合わせ、ゆきは艶やかな舞を大久保達の前で披露した。
「いつ見ても、舞妓は目の保養になるのう。」
「そうじゃな・・」
大久保と井上がゆきの舞に見惚れている中、何処か冷めたような目で、伊東と桂は二人を見ていた。
「どうしました?」
「いいえ・・何処かで見たような気がして・・」
「気のせいでしょう。さぁ、一献。」
桂は伊東の猪口に酒を注ぐと、そう言って彼に微笑んだ。
「そこの君、僕に見覚えはないかい?」
「いいえ。初めてお会いしましたけど。」
伊東から突然そう声を掛けられた双葉は、そう言って上手く誤魔化した。
「そうか・・」
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