1946(昭和21)年4月。
神戸の洋裁学校に見事合格した利尋は、両親と兄、そして信子とともに東京駅へと向かった。
「気をつけて行ってくるのですよ。」
「はい、お母様。」
「無理をするなよ。辛かったら、帰って来ていいんだからな。」
「お父様、毎日手紙を書きますから、どうか僕の事は心配なさらないでください。」
「誰かにいじめられたら俺に言えよ、そいつをぶっ飛ばしてやるから!」
「もう、お兄様ったら。」
「利尋さん、どうか気をつけて行ってらっしゃいね。」
「はい、信子さんもお体にお気をつけて。」
利尋は四人に頭を下げると、汽車に乗った。
それはやがて、東京駅のプラットホームからゆっくりと離れていった。
「これから、寂しくなりますね。」
「ああ。明歳、学校に遅れないようにしろよ。」
「わかったよ、父さん。」
利尋が汽車を乗り継いで大阪に着いたのは、その日の夜のことだった。
着替えや学用品などが入った旅行鞄を提げた彼は、大阪市内にあるホテルへと向かった。
「いらっしゃいませ。」
「こちらに予約を入れた土方と申しますが・・」
「少々お待ち下さいませ。」
ロビーで数分待たされた後、利尋は客室係に案内されて部屋へと入った。
「何か御入用でしたら、このお電話の3番にお掛け下さいませ。」
「わかりました。」
客室係が部屋から出て行った後、利尋はベッドの上に寝転がって溜息を吐いた。
学生服から寝間着へと着替えた彼は、旅行鞄の中からある物を取り出した。
それは、東京駅で母・千尋から渡された真珠のブローチだった。
「お母様、これは?」
「お父様から結婚10年目のプレゼントとして戴いたものなのよ。これは幸運のブローチなの。あなたが持っていて頂戴。」
「お母様、こんな大切な物頂けません。」
「このブローチは、わたくしにはもう必要のないものよ。これからは、あなたのものよ。」
「ありがとうございます、お母様。」
(お母様、僕頑張ります・・何があっても・・)
翌朝、大阪で一泊した利尋は神戸洋裁学校の学生寮がある三ノ宮へと向かった。
学生寮には女子学生の姿ばかりが目立ち、男子学生は利尋の他には誰も居なかった。
「皆さん、この度は御入学おめでとうございます。わたくしはこの学生寮の寮母を務めている石田望と申します。この学院に在学中は、わたくしのことを母と思ってくださいね。」
「どうぞ、宜しくお願い致します。」
「さぁ皆さん、長旅で疲れていらっしゃることだから、朝食にいたしましょうか。」
寮母の望が挨拶を終えて食堂から出て行った後、利尋の隣に座っていた女子学生が突然彼に話しかけて来た。
「あなた、また会ったわね!」
「あの・・どちら様でしょうか?」
「嫌だ、忘れちゃったの?入学試験の会場でお会いしたじゃないの!石田清美よ、覚えていらっしゃらないの?」
「ああ、あの時の・・」
「あなたと3年間ここで暮らすなんて夢のようだわ!これから宜しくね!」
「ええ、宜しくお願い致します。」
利尋は入学試験会場で出会った石田清美と再会し、彼女と固い握手を交わした。
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