洋裁学校に入学した利尋だったが、本格的に洋裁を学ぶのは二年からだとゴードンからそう教えられた時、彼は落胆を隠せなかった。
「そんなに落ち込むことはありませんよ、土方君。一年の内に基礎を身に付けておいた方がいい。何事も、基本を疎(おろそ)かにすると上手くいきませんからね。」
「わかりました・・」
放課後、自室で英語の宿題をしていると、誰かがドアをノックした。
「どうぞ。」
「お邪魔します。」
「林さん、どうしたんですか?」
「いやぁ、英作文で解らんところがあってなぁ。ちょっと教えて貰いたいんやけど、ええかな?」
「いいですよ。」
耀子に英語の宿題を教えながら、利尋は東京に居る家族のことを想った。
「どないしたん、ボーっとして?」
「いえ・・」
「初めて親元から離れて生活するんやから、何かと不安やろ?うちは会いたいと思った時にはすぐに会いに行ける距離やけど、土方君の実家は東京にあるから無理やなぁ。」
「ええ。父は、辛くなった時はいつでも帰って来ていいと言ってましたが、僕はここを卒業するまで東京には何があっても帰らないと決めました。」
「強いんやなぁ、土方君は。」
耀子はそう言うと、利尋の机の前に置かれている真珠のブローチを見た。
「これ、綺麗やなぁ。」
「ここに入る前、東京駅で母から渡されました。幸運のお守りだっていって。」
「うちのお母ちゃんも、真珠のネックレス持ってるわ。うちのお母ちゃんは彫金が趣味でなぁ、指輪やペンダントとか時々自分で作ってるわ。」
「そうなんですか・・」
「土方君のお母さんは、どんな人なん?」
「母は、荻野伯爵家の一人娘として生まれました。父と結婚したのは、祖父の会社が倒産寸前なのを父に助けて貰う代わりに母と結婚するという条件で・・」
「政略結婚かぁ。何や小説みたいやなぁ。夫婦仲はええの?」
「ええ。」
「それにしても土方君、佐古田先輩から何か恨みを買うようなことした?やけにあの人、土方君に突っかかってくるけど・・」
「わかりません・・理由が判らないから、どう佐古田先輩と接すればいいのか・・」
「そうやなぁ。まぁ、あんまり関わらん方がええって。」
「そうですね・・」
数日後、一・二年合同の茶道の授業で茶室に入った利尋は、突然由美に声を掛けられた。
「土方君、あんたがお茶を点ててくれへん?」
「え・・」
「出来へんかったら別にいいんやで。」
「佐古田さん、そう言うのなら、あなたがお茶を点てなさい。」
「先生・・」
「あなたは後輩いじめをする為にここに来ているのですか?だったら今すぐ家に帰りなさい。」
教師からそう厳しく叱責された由美は無言で茶室から出て行った。
「では皆さん、気を取り直して授業を始めましょうか。」
「先生、宜しくお願い致します。」
放課後、利尋が清美達と別れて一人裁縫室へと向かうと、そこには窓際の席に座って何か物思いに耽っている由美の姿があった。
余り彼女とは関わりたくないと思った利尋が忍び足で裁縫室から出ようとした時、自分の首筋に冷たい物が押し当てられる感触がした。
「動くな。」
「佐古田先輩・・」
利尋は背後を見ると、そこには羅紗鋏を自分の首筋に押し当てている由美の姿があった。
「少しでも動いたら殺してやるからな。」
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