「千尋ちゃん、今日は夜勤?」
「はい。歳三さん、大丈夫かなぁ・・」
「土方さんなら大丈夫だって。それに、陸君が居るでしょう?」
昼休み、総司と千尋が病院内のベンチに座って昼食を食べていると、千尋の携帯がけたたましく鳴った。
「出てもいいよ。」
「すいません・・失礼します。」
千尋は携帯の液晶画面に、“学校”と表示されていることに気づいた。
いつでも学校と連絡がつくようにと、千尋は自分の携帯の番号とメールアドレスを陸の担任に教えていたが、一度も学校から電話やメールが来た事はなかった。
「もしもし、岡崎です。」
『岡崎さん、陸君お家に戻っていませんか?』
「陸に、何かあったんですか?」
『ええ。先程学校から電話がありましてね、文房具屋のご主人が陸君を見かけたようなんです。でも、少し様子が変だったって・・』
「陸の様子が変?あの子、クラスの子からいじめられているんでしょうか?」
『それはないと思います。陸君、クラスの人気者ですし、塾にも沢山お友達が居ますから・・お忙しいのに、申し訳ありません。』
「いえ、こちらこそお忙しいのに、陸の事を教えて下さってありがとうございました。では、失礼致します。」
陸が自宅に帰っていない事を担任から告げられた千尋は、不安になって歳三の携帯に掛けた。
『どうした?』
「陸、そっちに帰って来ていませんか?」
『ああ。どうかしたのか?』
「いえ・・」
『今日夜勤だろう?余り無理するんじゃねぇぞ?』
「ええ・・」
携帯を閉じてそれをポケットにしまった千尋は、陸の身を案じた。
一方、学校を出て自転車に跨った陸は、自宅マンションとは逆方向にある廃工場の前で自転車を降り、廃工場の中へと入った。
「みんな、ご飯だよ。」
陸が暗闇の中でそう叫ぶと、何処からともなく可愛らしい鳴き声とともに50匹もの猫達が一斉に陸の元へとやって来た。
陸は斑模様の猫の背を撫でながら、背負っていたリュックを地面に下ろすと、その中から数日前にペットショップで購入した猫缶を開けてその中身を猫達の前に置いた。
「そんなに慌てないで。まだまだ沢山餌はあるからね。」
餌の取り合いをする猫達にそんな言葉を掛けながら、陸は食事をする猫達を微笑ましそうに見ていた。
そんな彼の背後に立った男は、傍に置かれていた鉄パイプで躊躇いなく陸の後頭部を殴打した後、廃工場から立ち去った。
「陸君、家に帰ってないの?」
「ええ。」
「何だったら、僕が夜勤変わってあげようか?看護師長に事情を話せば、わかってもらえるよ。」
「わかりました。」
ナースステーションに向かった千尋は、看護師長に陸が行方不明になっていることを話した。
「そう・・岡崎さん、あなたは早く家に帰りなさい。陸君、無事に見つかるといいわね。」
「すいません・・」
「謝らなくてもいいわよ。困った時はお互い様。」
「じゃぁ、わたしはこれで失礼します。」
千尋が病院の職員専用出入口から外へと出ようとした時、救急車がサイレンを鳴らしながら病院の前に停まった。
「千尋ちゃん、申し訳ないけどこっちに来て手伝って!」
「はい、わかりました!」
千尋がERに運ばれた患者を見ると、その患者は行方不明になっていた陸だった。
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