イラスト素材提供:White Board様
「春貴さん、いつまで客人をこんなところに立たせるつもりなの?」
「申し訳ございません、大叔母様。今すぐ客間へご案内致します。」
春貴はそう言うと、三人の女性達を客間へと案内した。
「千尋様、今日のところは女学校へお帰りくださいませ。」
「わかりました、これで失礼いたします。」
千尋は執事長の永田に頭を下げると、そのまま玄関ホールから外へと出ようとした。
だが―
「あなた、何処へ行くつもりなの?」
「女学校に戻ろうと思っておりますが・・それが何か?」
「あなた、まさかこの家のことは自分には関係ないって思っているのではないでしょうね?」
「え・・」
「妾の子であるあなたにも、この家の問題に関係あるのですからね。わたくし達に何の断りもなく、女学校に戻るなど許しませんよ!」
春貴の大叔母・芳子からそう言われ、千尋はそのまま荻野家に暫く滞在することになった。
「済まないな千尋、家の問題にお前を巻き込んでしまって・・」
「いえ・・お父様、道貴兄様と紀洋兄様はいつお戻りになられますか?」
「明日にでも、ここに帰ってくるだろう。それまでの辛抱だ。千尋、お前は二階の部屋を使いなさい。お前の荷物はもう永田に運ばせてある。」
「わかりました。」
千尋は二階の部屋に入ると、ベッドの端に腰を掛けて溜息を吐いた。
「千尋様、失礼いたします。」
「どうぞ。永田さん、荷物を運んでくださって有難う。」
「いいえ。それよりも千尋様、あの三人にはお気をつけてください。」
「それは、どういう意味です?」
「言葉通りの意味です。旦那様の大叔母にあたられる芳子様は、荻野家の御意見番で、道貴様をこの家の後継者にと推していらっしゃいます。後のお二人は、由美子様のご実家、西園寺家の光江様と百合子様で、お二人は荻野家の後継者は紀洋様だとお思いになっております。」
「それでは、お父様がおっしゃっていたのは、この三人の間で道貴兄様と紀洋兄様、どちらが荻野家の後継者に相応しいのかを揉めているということですか?」
「ええ、そうです。他の親族の方々は、荻野家の後継者問題に関心を持っておりません。千尋様、あの三人は千尋様のことを快く思っておりません。」
「妾の子であるわたくしのことを、奥様が何かあの三人に変な事を吹き込んでいらっしゃるのでしょうね。」
「あの三人から何を言われても動じないでください。わたくしが千尋様にお伝えしたいのはそれだけです。」
「ありがとう永田さん。お仕事に戻ってくださいな。」
「それでは、失礼いたします。」
千尋は暫くベッドに横たわっていたが、やがて彼は机の前に座ると、歳三に手紙を書き始めた。
“歳三様、事情があって暫く実家に滞在することになりました。すぐに女学校に戻れると思いますので、心配なさらないでください、千尋より”
千尋が便箋を封筒の中に入れようとしたとき、誰かが部屋のドアをノックした。
「どなたですか?」
「わたくしよ、芳子。」
「今部屋が散らかっておりますので、暫くお待ちくださいませ。」
「わかったわ。」
千尋は歳三に宛てた手紙を旅行鞄の中に隠すと、ドアを開けて芳子を部屋へと招き入れた。
「芳子様、わたくしに何かご用ですか?」
「ええ。由美子さんから聞いたけれど、あなたは妾の子なのですってね?」
「ええ、そうですが・・」
「道貴によく可愛がられているからって、調子に乗らないようにね。わたくしは、あなたのことを認めたわけではありませんから。」
「はい、承知しております。」
芳子は言いたいことだけ言うと、さっさと千尋の部屋から出て行ってしまった。
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