イラスト素材提供:White Board様
「実は、今回のお家騒動の発端は、玲子さんの父親が原因なんだ。」
「玲子義姉様の、お父様が?」
「ああ。玲子さんの父親は、北海道や九州にいくつも炭鉱を持っているんだが、北海道の炭鉱でストライキが起きてね・・そのせいで、会社の業績が日に日に悪化しているんだ。」
「玲子さまのご実家が傾いていらっしゃるのと、うちと何の関係があるのですか?」
「社長である玲子さんの父親は、資金繰りに苦しんでうちに少し金を都合してくれないかと父上に頼んできた。だが、父上はそれを断った。」
「それで、玲子さんの父親はどうなさったのですか?」
「そう簡単に引き下がるような方ではないことくらい、父上も解っていたんだ。わたしは、余りこの件に深く関わらないよう、父上に忠告したのだが・・」
「父上は道貴兄様のお言葉に何と返されたのですか?」
「父上は、はなから人を疑うのはよくないとおっしゃったんだ。だが、玲子さんの父親はしつこかった。その所為で、玲子さんと紀洋との夫婦仲が険悪になって、新婚の頃はあんなに仲が良かった母上との間にも深い溝が生まれた。」
「そんなことがあったのですね。だから玲子さんは、わたくしに対して冷淡な態度を取るようになったのですね・・」
「実はな、玲子さんには腹違いの兄が居て、父親が経営している会社の跡をその弟が継ぐことになっているんだ。」
「まぁ、そのような事、全く知りませんでした・・」
「自ら我が家の恥を晒すようなことは誰もしたくないだろう。その腹違いの兄の母親は京都の芸妓で、祇園一の名妓と謳われた人だったそうだ。」
「玲子義姉様は、そのお兄様のことをどう思っていらっしゃるのですか?」
「妾の子である腹違いの兄に父親が自分の財産を譲ろうとしていることを知った玲子さんは、その兄さんに決していい感情は抱いていないだろう。それに、石丸財閥は最近倒産の憂き目に遭っているという噂もあるようだし・・」
「道貴兄様、玲子義姉様のお父様は今どちらに?」
「仕事で根室に居るそうだ。」
「道貴兄様は、これからどうなさるおつもりなのですか?」
「わたしは父上を守る為に、最善を尽くすつもりだ。問題なのは、紀洋達の方だ。あの二人は最近金のことで喧嘩ばかりしている。」
「まぁ・・」
「千尋、お前は何も心配せずに女学校に戻って、勉強に励みなさい。いいね?」
「はい、道貴兄様。」
道貴に英和女学校まで送って貰い、千尋は正門前で彼と別れ、そのまま校長室のドアをノックした。
『校長先生、土方です。』
『お入りなさい。』
『失礼いたします。』
千尋が校長室に入ると、スタンレーは机で何か書き物をしていた。
『このたびは、お騒がせしてしまって申し訳ありません。』
千尋はそう言うと、スタンレーに手紙を手渡した。
『これは?』
『今回ご迷惑を掛けたことに対するお詫びのお手紙です。』
『そうですか。土方さん、わたくしはあなたの家庭の事情に口出しをしません。ですが、今後このような事が起きれば、あなたを退学処分にします。』
『わかりました、肝に銘じます。』
千尋が校長室から出ると、香織が彼の元に駆け寄って来た。
「土方さん、お帰りなさい!」
「井出さん、わたくしが留守にしている間迷惑を掛けてしまって申し訳なかったわね。」
「土方さんが留守にしていらっしゃる間、わたくしが護身術部の臨時部長として頑張りましたわ。でも、土方さんがここに戻ってきてくださって安心しましたわ。」
「有難う、井出さん。」
「食堂にいらして、皆さん土方さんのお帰りを待っているわ。」
「わかったわ。」
千尋が香織とともに食堂に入ると、彼の帰りを待っていた級友たちが笑顔で彼を迎えた。
「お帰りなさい、土方さん。」
「お帰りなさい。」
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