イラスト素材提供:White Board様
春貴が心労のため入院したことを知った芳子達は、“これ以上ここに自分たちが居ても時間の無駄だ”と言い、荻野家から出て行った。
「あの方たちがこのまま居座るのではないかと思うと、憂鬱で仕方がありませんでしたが・・出て行ってくれてよかったです。」
「そうですね。千尋様、昼食の準備が出来ました。」
ダイニングルームで千尋が昼食を取っていると、そこへ紀洋と彼の妻・玲子が入ってきた。
「千尋、お前何故ここに居るんだ?」
「紀洋兄様、玲子義姉様、御機嫌よう。」
千尋がそう言って二人を見ると、彼らは嫌悪の表情を浮かべながら千尋を睨んだ。
「千尋さん、あなたこの家から勘当されたはずではなくて?それなのになぜ、この家に居らっしゃるの?」
「あら、わたくしお父様が倒れられたと一昨日お手紙を頂いて、こちらに来たのですよ。」
「まぁ、わたくしが書いた手紙を真に受けて、わざわざここにいらしたの?」
玲子は嘲笑とともに、そんな言葉を千尋に投げつけた。
「お義父様はどちらにいらっしゃるの?」
「お父様は今入院しております。」
「まぁ、どうしてすぐにわたくし達に連絡をしなかったの!」
「連絡しようにも、芳子大叔母様たちの世話をわたくし一人でしなければならなかったので、つい連絡するのを忘れてしまいました。」
千尋はそう言うと、フォークとナイフでステーキを一口大に切ってそれを頬張った。
「あなた、ご自分が何をなさっているのかわかっていらっしゃるの?」
「申し訳ありませんわね、玲子義姉様。」
「お前はもうこの家の人間じゃない、さっさとここから出て行け!」
「言われなくとも出て行きますわ。校長先生にも手紙で事情を説明して、明日にでも学校に帰ります。」
紀洋と千尋がダイニングテーブルを挟んで睨み合っていると、彼の背後でダイニングルームの扉が開き、道貴と英子が入ってきた。
「まぁ千尋さん、いらしていたのね。芳子様達はどちらにいらっしゃるの?」
「あの方たちなら先ほどお帰りになられました。我が儘で姦しいご婦人たちの世話を一人でするのは骨が折れましたけれど。」
「ごめんなさいね千尋さん、あなたにばかり迷惑を掛けてしまって・・暫く、こちらにいらっしゃるのでしょう?」
「いいえ。この後二階で校長先生宛にお手紙を書いて、学校に戻ります。わたくしがこの家に居座ると、紀洋兄様達がお気を悪くするでしょうから。」
「それは残念ね。こうしてあなたと久しぶりに会えたのだから、色々と学校の話を聞きたいと思っていたのに。」
「英子義姉様、わたくしはこれで失礼いたします。」
昼食を終えた千尋は、そう言って長兄夫婦に挨拶をした後、ダイニングルームを出て二階の自室に入った。
彼が机に座って校長宛の手紙を書こうとしたとき、誰かがドアをノックした。
「千尋さん、いらっしゃるのでしょう?」
「その声は玲子義姉様ですね。今更わたくしに何のご用でしょうか?」
「本当に、この家から出て行ってしまうの?」
「ええ。」
「お願いだから、ドアを開けてくれないかしら?」
「嫌です。」
千尋がそう言って校長宛の手紙を書き始めると、ドアを玲子が蹴る音が聞こえた。
「永田さん、短い間でしたがお世話になりました。」
「千尋様、お気をつけて。」
校長宛の手紙を携えた千尋は、鞄を持って玄関ホールに立つと、永田に見送られながら荻野家を後にした。
「千尋、学校まで送ろう。」
「有難うございます、道貴兄様。」
「お前をこんな面倒な事に巻き込んでしまって済まないね。詳しい事情をお前には一切話さずに、辛い思いばかりさせてしまって・・」
道貴はそう言うと、そっと千尋の手を握った。
「道貴兄様、今荻野家で一体何が起きているのですか?」
「少し長い話になるが、聞いてくれるか?」
「・・ええ。」
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