イラスト素材提供:White Board様
「どうして、俺にそんなことを聞くんだ?」
「わたくしの父が、一度京で土方様を見かけたことがあると聞いたので・・」
「そうか。それで、俺に何の用だ?」
「父が言うのには、いつも土方様のそばにはまるで西洋の宗教画に出て来るような天使のような美しい方がおられたとか・・その話を聞いて、わたくしその方がもしかしたら千尋様ではないかと思って・・」
詩織の言葉に、歳三の眉間に皺が寄った。
「千尋様は今どちらに?」
「あいつなら、父親が死んだとかで、暫く実家に帰るらしい。」
「そうですの。では土方様、わたくしはこれで失礼いたします。」
「ああ・・」
詩織が部屋から出て行った後、歳三は溜息を吐きながらベッドの上に横になって目を閉じた。
一方千尋は実家の部屋で、眠れぬ夜を過ごしていた。
父・春貴が亡くなった以上、荻野の家には自分の居場所はない。
「千尋様、まだ起きておられますか?」
「ええ。」
「失礼いたします。」
「永田さん、どうなさったの、こんな夜遅くに?」
「千尋様、旦那様がこれを千尋様にお渡しするようにと・・」
永田はそう言うと、一枚の封筒を千尋に手渡した。
「お父様が、わたくしにこれを?」
「ええ。ではわたくしはこれで失礼いたします。」
千尋はペーパーナイフで封筒の封を切って中に入っている便箋を取り出すと、それは父が生前書き残した遺言状だった。
翌朝、千尋がダイニングルームに入ると、そこには長兄夫妻と次兄夫妻がテーブルを挟んで睨み合っていた。
「おはようございます、道貴兄様。」
「おはよう、千尋。」
「何故、わたくし達がこの家から出て行かなければならないの!」
「そうだよ、兄上ばかり狡いぞ!」
「おやめなさい二人とも、朝っぱらから喧嘩なんて。」
由美子はそう道貴と紀洋を諌めると、千尋を見た。
「あらあなた、まだここに居たのね?」
「奥様、お二人は一体何で揉めているのですか?」
「今日、あの人の遺産のことで西門先生が来てくださることになっているの。」
「わたくしも、その席に同席しても宜しいですか?」
「ええ、構いませんとも。あなたは妾の子とはいえ、あの人の血をひいた息子ですからね。」
「お義母様、そんな・・」
「玲子さん、あの人が亡くなった以上、この家の主人はわたくしです。わたくしの方針に従えないのなら、今すぐこの家から出て行きなさい!」
気まずい空気のまま朝食を終えた千尋達は、居間で西門を出迎えた。
「西門先生、義父の遺産はどのくらいあるのですか?」
「まぁまぁ、そんなに慌てないでください。わたくしは、生前春貴様から遺言状を預かっております。」
「早く見せてくださいな、その遺言状とやらを!」
西門は玲子の言葉に溜息を吐くと、鞄の中から一通の封書を取り出した。
「“わたくし、荻野春貴は、総資産3000円の内1500円を、妻の由美子に相続させ、長男の道貴夫婦と紀洋夫婦にそれぞれ750円ずつ相続させる。”千尋さん、この遺言状には、あなたのことが全く書かれていないようね?」
玲子は勝ち誇ったような笑みを口元に浮かべると、そう言って千尋を睨んだ。
「西門先生、わたくしも父の遺言状を持っています。」
「それは、本当ですか?」
「ええ。」
千尋はそう言うと、西門に父の遺言状を渡した。
「“わたくし荻野春貴は、総資産3000円を、すべて三男である千尋に相続させる”・・この遺言状の日付は、新しいものですね。」
「先生、それじゃぁ最初に書かれた遺言状はどうなるんですの?」
「無効になりますね。」
「まぁ、そんな・・妾の子が荻野家の財産を相続するなんて、あり得ないわ!」
千尋が荻野家の全財産を相続することを知った玲子はそう言ってヒステリーを起こすと、テーブルの上に置かれていた花瓶を薙ぎ払った。
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