イラスト素材提供:White Board様
「どうしてわたくし達が一銭もお義父様の遺産を貰えないのよ、こんなの不公平だわ!」
「落ち着け、玲子!」
「あなた、これが落ち着いていられて!?」
玲子はそう叫ぶと、紀洋の頬を平手で打った。
「千尋さん、あなたお義父様に何か変な事を吹き込んだんじゃなくて!?」
「いいえ、そのような事はしておりません!」
「嘘おっしゃい、それなら何故あなたがこの家の財産を全て相続することになるのよ!」
「千尋、あなたはもう女学校にお戻りなさい。」
「奥様・・」
「これ以上ここに居ては、玲子さんがあなたに何をするのかわからないわ。早くご主人の元にお帰りなさい。」
「はい、わかりました・・」
居間を出て自分の部屋に戻った千尋は、素早く荷造りを済ませて玄関ホールへと降りようとしたとき、階段の前に玲子が立ちはだかった。
「あなた、何処へ行くつもり!?」
「女学校に戻ります。」
「そんなことはさせないわ!」
玲子はそう叫ぶと、隠し持っていたナイフを千尋の首筋に突き付けた。
「玲子義姉様、何をなさいます!?」
「今すぐお義父様の遺産を相続放棄なさい!そうすれば、女学校に戻してさしあげるわ!」
「玲子、馬鹿な真似はやめるんだ!」
紀洋は千尋にナイフを突きつけている妻の姿を見るなり、彼女を止めようと玲子と千尋の間に割って入った。
「止めないであなた、わたくしはあなたの為に・・」
「止めろ、玲子!」
玲子は紀洋と激しくもみ合ううちに、誤ってナイフを紀洋の腹に刺してしまった。
「紀洋兄様、しっかりしてください!」
「一体これは何の騒ぎなの!?」
「奥様・・」
由美子は紀洋の腹にナイフが刺さっているのを見て悲鳴を上げた。
「誰か、紀洋を病院に連れて行って!」
「奥様、しっかりなさってくださいませ!」
「・・わたくし、何ということを・・」
両手に塗れた紀洋の血を呆然と見つめながら、玲子はその場に蹲った。
病院に運ばれた紀洋だったが、彼は数分後に息を引き取った。
「ああ、どうしてこのような事に・・あの人を失って、次は紀洋まで・・」
夫の死から数日も経たぬうちに息子を亡くした由美子は、完全に憔悴していた。
「奥様・・」
「玲子さんは、どうしているの?」
「あの方なら、今二階のお部屋に・・」
千尋がそう言った時、居間にナイフを握り締めた玲子が入ってきた。
「あなたの所為よ、千尋さん・・あなたの所為で、紀洋さんは死んだのよ!」
「玲子義姉様、止めてください!」
「あなたをこのまま女学校へ戻す訳にはいかないわ!」
そう叫んだ玲子の目は、完全に正気を失っていた。
『校長先生、土方さんからの連絡が途絶えてもう三週間になります。』
『土方さんが三週間も連絡を寄越さないなんて、何か実家で起きたのかしら?』
『土方さんが無事だといいのですけれど・・』
校長室の前で校長と英語教師・美木田の話を聞いた歳三は、千尋の身に自分が知らない所で何かが起きているのではないのかという不安に駆られた。
紀洋の葬儀を終えた後、千尋は二階の部屋に軟禁された。
「玲子さんは今正気を失っています。時が経てば、あの人も冷静になることでしょう。千尋さん、それまでの辛抱ですよ。」
「はい、奥様・・」
千尋は軟禁されている間、外部との連絡を取り合うことを禁じられた。
「奥様、千尋様宛のお手紙が届いております。」
「処分なさい。」
「かしこまりました。」
歳三の手紙は、千尋に一度も読まれることなく、暖炉にくべられた。
にほんブログ村