イラスト素材提供:White Board様
「ねぇ土方さん、今度熊本から編入生が来るのですって。」
「まぁ、それは本当なの?」
「ええ。」
「仲良くなれるといいわね。」
教室でいつものように千尋が級友たちと談笑していると、そこへ担任の教室が一人の女学生を連れて教室に入ってきた。
「皆さん、熊本から編入してきた山本梓さんです。」
「山本梓です、宜しくお願いします。」
山本梓は、目鼻立ちが整った美人だった。
「山本さん、土方さんには気を付けた方がいいわよ。」
「あら、どうして?土方さんはわたくしに色々と親切にしてくださったわ。」
「そんなの、上辺(うわべ)だけよ。あの方、腹黒い性格で、伊津子様のことを虐(いじ)めておきながら、謝ろうともしないのよ、酷いとは思わない?」
図書室で読書をしている梓に詩織はそう話しかけると、千尋の悪口を彼女に吹き込んだ。
「神崎さん、あなたどうして土方さんの事を悪く言うの?」
「それは・・」
「土方さんが腹黒い方なんて、そんなのあなたが一方的に思っているだけではなくて?」
梓に反論され、詩織は思わず言葉に詰まってしまった。
「神崎さん、わたしはあなたと土方さんとの間に何があったのか知らないわ。けれど、わたしは人の悪口を平気で言うような方は信用できないわ。」
食堂に入った梓は、千尋の隣に座った。
「あなたが、土方さんね?初めまして、山本です。」
「初めまして、土方です。」
「あなたのことは、神崎さんから色々と聞きました。」
「そう・・あの方のことですから、きっとわたくしのことを悪く言ったでしょうね?」
「ええ。でもわたし、人の悪口を平気で言うような方は信用しません。それに、神崎さんと土方さんとの間に何があったのかも、興味がありません。」
「そう、その言葉をあなたの口から聞いて安心したわ。」
千尋はそう言って梓に右手を差し出した。
「これから、仲良くしましょうね、山本さん。」
「ええ。」
季節は過ぎ、うっとうしい梅雨が終わり、夏が来た。
「もうすぐ夏休みね。千尋様は甲府に帰られるの?」
「ええ。香織様は金沢のご実家には帰られるの?」
「ええ。この女学校に来てから三年間も実家に帰っていないし、家族の顔も見たいから・・梓様は?」
「わたくしは実家に帰りたいのは山々だけれど、遠いからなかなか帰れないわ。」
「そうね。わたくしも、薩摩の実家には帰ることが出来ないの。わたくしは帰りたいけれど、両親が薩摩は今危ないから帰って来るなという文が今朝届いたの。」
「そう・・何だか、お二人には悪いわね。」
一学期の終業式を終えた英和女学校の生徒達は、旅行鞄を抱えながら寄宿舎を出て、家族が待つ家へと帰っていった。
「土方さん、井出さん、お気をつけて。」
「ええ。千鶴子様も、梓様もお元気で。」
校門の前で千尋と香織は千鶴子と梓と別れ、馬車で東京駅へと向かった。
「また、九月に会いましょうね。」
「ええ、九月に会いましょう。」
金沢へ向かう汽車に乗る香織と別れ、千尋は甲府行きの汽車に乗った。
“歳三様、お元気でいらっしゃいますか?夏休みを利用して今日甲府に帰ります。子供達のお土産にクッキーを焼きました。これからあなたと会えると思うと、嬉しくて胸が弾みます 千尋”
千尋からの手紙を読んだ歳三は、それを懐にしまうと、冷たい茶を一口飲んだ。
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