イラスト素材提供:White Board様
「伊津子様、今のはお言葉が過ぎますよ。千鶴子様に謝ってください。」
「うちは何も、悪いことは言うてません!」
千尋から千鶴子に謝れと言われた伊津子は、怒りで顔を赤く染めながら千尋を睨んだ。
「あなたがどこの公家のお姫様なのかは知りませんが、この英和女学校の一員となった以上、この学校の規則には従って貰います。」
「うちを誰やと思うてるの!うちにそんな口の利き方をして、無事で済むと・・」
「お黙りなさい!伊津子様、この学校の規則に従えないというのなら、ご実家にお戻りいただいて結構です。」
「こんな屈辱を受けたのは、生まれて初めてやわ!」
伊津子は乱暴にナイフとフォークを置くと、そのまま食堂から出て行った。
「一体どうなってしまうのかしら?」
「でも、土方さんがおっしゃられたことは間違っていないわ。だってあちらが佐伯様に失礼な事をおっしゃったのだから・・」
「一体何様のつもりなのかしらね、あのお姫様は。」
食堂での一件から一夜明け、千尋は校長室に呼ばれた。
『土方さん、あなた狩野さんとトラブルを起こしたそうですね?さきほど、狩野さんがあなたに虐(いじ)められたとわたくしに訴えてきましたよ。』
『校長先生、それは違います。狩野さんは佐伯さんのことを侮辱したので、わたくしは彼女に注意をしただけです。決して虐めてなどいません。』
『そうですか。あなたが狩野さんを注意するのは、よほどの理由があるからでしょう。もう結構です、教室に戻りなさい。』
『わかりました。』
校長室から出た千尋が教室に戻ると、香織と千鶴子が彼の元に駆け寄って来た。
「土方さん、大丈夫だった?」
「ええ。校長先生に本当のことをお話ししたわ。」
「そう。狩野さんは風邪でお休みですって。」
「どうせ仮病でしょう?昨夜のことがあってから、土方さんと顔を合わせるのが嫌なのよ。」
「おやめなさい、二人とも。」
「土方さん、わたくし達はあなたの味方ですからね。」
「有難う。」
担任の教師が教室に入ってくると、千尋達は自分の席に戻った。
伊津子はその日、夕食の時間になっても千尋達の前に姿を現さなかった。
「あの方、もう一週間もお休みしているわね。」
「ええ。」
「まぁ、あの方が居なくなっても気に掛ける方はいらっしゃらないんじゃなくて?」
「あなた、冗談でもそんな事をおっしゃってはいけないわ。どこで誰が聞いているのか、わかりはしないのだから。」
「それもそうね・・」
一週間も教室に顔を出さない伊津子に、女学生達は一体何があったのかと噂をしていた。
「ねぇ土方さん、あなたの所為で狩野様はお部屋に引きこもってしまわれたのではなくて?」
「あら神崎さん、わたくしが悪いとでもおっしゃりたいの?それならば、狩野様の勘違いもいいところだわ。」
図書室で勉強をしている千尋の前にやって来た詩織は喧嘩腰にそう言って彼を睨むと、千尋は涼しい顔をして詩織に言い返した。
「あなた、ご自分が何をなさっているのかわかっていらっしゃるの?」
「神崎さん、ここは図書室です。余り大きな声で話さないでくださる?」
「もういいわ!」
詩織は千尋を睨みつけると、図書室から出て行った。
「まったく、神崎さんには困ったものね。一週間前のことは、明らかに狩野さんが悪いというのに、狩野さんの肩ばかりもって・・」
いつしか女学校内には、千尋を支持する“土方派”と、詩織と伊津子を支持する“神崎・狩野派”という二つの派閥が出来てしまった。
『校長、このままだと校内の空気が悪くなるばかりです。何とかしなければなりません。』
『ええ。ですが、私たち教師が解決する問題ではありません。これは、生徒達が解決する問題です。』
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