弘徽殿女御(こきでんのにょうご)達が屋敷の火災に巻き込まれて焼死したことは、瞬く間に宮中に広がった。
「これで、わたし達を脅かす者はいなくなったな、咲子。」
「はい、父上・・」
弘徽殿女御が死んでから、危篤状態に陥っていた皇子の容態は快方に向かっていた。
しかし、弘徽殿女御・睦子と咲子は、入内するまでは仲の良い友人同士だった。
咲子は睦子の事を“姉上”と呼び、睦子もまた咲子のことを、“吾(わ)が妹よ”と呼んでいた。
(姉上、いつからわたくし達は互いにいがみ合い、憎しみ合うようになってしまったのでしょうか?こんなことになるくらいなら、入内などしなければよかった・・そうすれば、わたくしはいつまでも姉上と仲良く暮らしていけたのに・・)
自分が睦子を追い詰めてしまったのではないか―そんな思いに耽っていた咲子は、何者かの視線を感じ、ふと御簾の向こうを見た。
すると、丁度自分の前を一人の青年が通り過ぎようとしているところだった。
「父上、あの方はどなたです?」
「咲子、あれはあの安倍兄弟の弟君・光明様だ。何でも、弘徽殿女御の父親に巣食っていた大蛇を一撃で仕留めたそうだ。」
「まぁ、そうですの。」
御簾越しに見た安倍光明の端正な美貌は、咲子の心に一瞬のときめきを齎(もたら)した。
「咲子様、主上(おかみ)がお見えになりましたよ。」
「わかりました。」
皇子の様子を見に来た帝は、皇子の顔が元通りになったのを見て、笑顔を浮かべた。
「すっかり良くなったようだな。皇子の身に起きた怪異は、全てあの女が死んで何もなかったようだ。」
「そうですね・・」
「どうした、咲子?顔色が悪いぞ?」
「少し疲れているのです。」
「そうか。それよりも咲子、最近桐壺に入内してきた立花家の姫の事を知っておるか?」
「ええ、確か美鈴姫といいましたわよね。それがどうかなさいましたか?」
「あの姫、宏昌に似ておるな・・」
「宏昌様に、ですか?」
帝の口から、亡き兄君の名が出てきたので、咲子は首を傾げた。
「ああ。あの姫は、宏昌と同じ紫の瞳を持っておる。何やらあの姫と余には、縁があるようだ。」
「まぁ、そうですか・・」
咲子は帝の言葉にそう言って笑ったが、美鈴がどんな顔をしているのか一度彼女と会いたくなった。
「え、梨壺女御様がわたくしにお会いしたいとおっしゃられておられるのですか?」
「すぐに梨壺にいらしてください。」
美鈴は突然梨壺女御に呼び出され、淡路とともに梨壺へ向かうと、主である梨壺女御を囲むように、彼女の女房達が貝合わせに興じていた。
「あの、梨壺女御様に呼ばれてきたのですが・・」
「そなたが、美鈴姫か。」
局の奥から出てきた咲子は、美鈴の顔を見て驚愕の表情を浮かべた。
彼女は、余りにも宏昌君に似ていた。
(主上のお言葉は正しかった・・もしや、この子は・・)
「あの、わたくしの顔に何かついておりますか?」
「いや・・そなたがあまりにも、ある方と瓜二つなので、驚いていたのじゃ。」
「ある方とは?」
「それは、この場では言えぬ。」
咲子の強張った顔を見た美鈴は、彼女が何かを隠していることに気づいた。
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