「兄上は生前、桐壺女御と親しくしておった。幼くして実の母君様を亡くされた兄上にとって、彼女は母君様のような存在だったのであろう。」
宏昌と帝が腹違いの兄弟であることを知っていた光明だったが、自分の母親が彼と噂があった桐壺女御であるということが未だに信じられずにいた。
「兄上が流刑先で自害した時、彼女は美鈴を身籠っておった。腹の子を守る為、彼女は実家で出産し、その子を立花家に託した。」
「何故、桐壺女御様は大事な御子を立花家に託したのですか?」
「立花家には北の方と側室、そのどちらにも子宝が恵まれず、家の存続が危ぶまれておった。桐壺女御と立花家の側室である霧の方は、母方の従妹同士であった。」
「そうでしたか・・主上のお話を聞いて美鈴様が何故男であるのに姫として育てられているのかがわかりました。」
「光明、余と同じ名を持つ縁を持つ者よ、どうか美鈴を守ってやって欲しいのだ。これからそなたと美鈴が余の血縁者であるということが宮中の者達に知られれば、美鈴は権力闘争の激しい渦の中に巻き込まれてしまうであろう。」
「承知いたしました。」
清涼殿から辞し、兄が居る陰陽寮へと戻った光明は、周囲の好奇に満ちた視線を感じながら兄の部屋に入った。
「兄上、失礼いたします。」
「光明、主上とは何を話していたのだ?」
「実は・・」
光明が自分と美鈴の出生の秘密を光利に話すと、彼は渋面を浮かべて溜息を吐いた。
「そうか。これから宮中が騒がしくなりそうだな。」
「はい・・」
「もうお前が帝の甥であることが陰陽寮内に知られている。色々と面倒な事が起こるだろうが、慎重に行動するように。」
「わかりました、兄上。」
光明はそう言って光利に頭を下げると、彼の部屋から出て行った。
「光明様、お館様から文が届いております。」
「父上から?」
父・光安からの文を受け取った光明が自室でその文を読むと、そこには今宵邸で管弦の宴を開くから予定を明けておくようにとだけ書かれてあった。
「光明様、失礼いたします。」
「どうした、芳次。何か困ったことでもあったのか?」
部屋に陰陽生の芳次が入って来たので、光明は懐に父の文を隠した。
「ええ。陰陽寮内では、光明様が帝の兄君様の御子であるということが知れ渡ってしまって、変な噂が飛び交っているのです。」
「変な噂?それはどのような噂だ?」
「光明様が、次の帝となられる梨壺女御様の皇子を差し置いて、東宮の座を狙っているのではないかと・・」
「馬鹿な事を!誰だ、そんな馬鹿馬鹿しい噂を流した者は!」
「それは、わたしにはわかりません・・」
芳次は光明から怒鳴られ、俯いた。
「怒鳴って済まなかったな、芳次。」
光明はそっと芳次の肩を叩くと、彼に仕事に戻るように言った。
その日の夜、安倍邸で管弦の宴が開かれ、その席で光明は父や親族達からそろそろ結婚してはどうかと言われた。
「その年でまだ身を固めないと、変な噂が立ってしまうぞ。」
「噂が立っても結構です。わたしはまだ結婚する気はありませんから。」
「だがな光明・・」
「父上、光明には光明の考えがあるのです。そんなに結婚を急かさないでください。」
光利がそう言ってすかさず光明に助け舟を出すと、父は渋面を浮かべて黙り込んでしまった。
「兄上、助けてくださって有難うございます。」
「礼など要らん。それにしても、父上には相変わらず困ったものだ。」
光利は溜息を吐くと、池に船を浮かべて風流を楽しんでいる貴族達の姿を眺めた。
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