桐壺女御の訃報は、瞬く間に宮中に広まった。
―これから、宮中はどうなってしまうのでしょう。
―もしかして、あの方が東宮様に?
―まさか、そんなことは・・
咲子は、光明が東宮として宮中に上がるのではないかと疑い始め、使いの者を安倍邸に向かわせた。
「どうであった、安倍家の様子は?」
「安倍家当主と、光明様は病に臥せっておられます。」
「何と・・」
「詳しいことはわかりませんが、安倍家では何かが起きているような気がいたします。」
「そうか、ご苦労だったな。もう下がってよいぞ。」
「は・・」
使いの者が下がり、咲子は安倍家で何が起きているのかを知りたくなった。
(光明と当主が病に臥せっているとなれば・・もしかしたら、我が皇子が東宮になる日が来るのかもしれぬ・・)
一方安倍家では、呪詛に掛かり病に臥せった光明の為に連日加持祈祷が行われていた。
「光安の事といい、今回といい・・この家は何か禍々しいものにでも呪われているのではないか?」
「父上、言葉を慎んでください。」
「実篤、もしやそなたが光明に呪詛を掛けたのではないか?」
「馬鹿な事をおっしゃらないでください!」
実篤がそう言って父親を睨むと、彼は少しばつの悪そうな顔をして俯いた。
同い年の従兄弟である光明は、凡庸な自分と比べて幼少のころから陰陽師としての才能があった。
彼とともに英才教育を受けていた実篤だったが、いつも暦の試験で満点を取るのに精いっぱいだった。
それに対して光明は、七つの頃から式神を使役するほどの才能を持ち、彼の兄である光利とともに安倍家期待の星と言われていた。
“光明と光利は腹違いの兄弟で、光明の母親は狐だったそうだ。”
父から光明の出生に纏わる秘密を聞き、実篤は光明が妖狐の血をひいているから天賦の才に恵まれているのだと思った。
本物の天才に、自分ごときが叶うはずがない―実篤は光明と競うことを諦め、これまで波風立てぬ穏やかな生活を送って来た。
だが、野心家の父親は今回の後継者騒動を利用して、息子である実篤を安倍家の次期当主に据えようと企んでいた。
「父上、本当にわたしを次期当主に据えようとお思いになっておられるのですか?」
「何を言う、実篤。これまで兄上たちに蔑ろにされた恨みを晴らす時が来たのだぞ。今回の騒動を利用せずにどうするというのだ?」
「ですが・・」
「そなたは男であろう?男ならば、己の野心に忠実に動かねばならぬ。」
「父上・・」
「これから光明の加持祈祷が行われる。実篤、そなたは己が課せられた使命をわかっておるな?」
「はい・・」
どれほど自分が父に抵抗しようとも、父の考えが変わらぬことなど、実篤はとうにわかっていた。
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