「暫く、考える時間を下さい。」
「わかった。良い返事を待っておるぞ。」
「それでは、わたくしどもはこれで失礼いたします。」
光利は光明とともに信子の元を辞すと、光明を見てこう言った。
「まさかお前、東宮の話を受ける気じゃないだろうな?」
「それは、まだ考えておりません。」
「だが、あの言葉だと皇太后さまに期待を持たせてしまうような言い方だったぞ。」
光利の言葉を聞いた光明は、溜息を吐いた。
「わたしとしては、穏便に東宮のことを皇太后さまにお断りしようとしたのですが・・」
「お前がそのつもりでも、皇太后さまにとっては違う。お前が東宮になる気でいるのだと思っているようだ。」
「そんな・・」
「暫く時間をやるから、じっくりと考えてみることだ。」
「わかりました、兄上。」
「わたしは家に戻る。」
陰陽寮の前で光利と別れた光明は、仕事をしながら東宮の座に就くのかどうかを考えていた。
帝の亡き兄君の遺児であるというだけで、好奇と羨望、憎悪の視線を向けられてきたが、東宮の座に就いたらどうなるのか、考えるだけでも恐ろしい。
(皇太后さまには、お断りの返事を申し上げた方がいいだろう・・)
今まで散々な目に遭ってきたのだ。
もうこれ以上面倒な事に巻き込まれないためには、東宮の話は断った方がいい。
「光明様、いらっしゃいますか?」
「ああ。」
「皇太后さまがお呼びです。」
「わかりました。」
信子付の女房とともに光明が彼女の部屋へと向かうと、そこでは信子と帝が囲碁に興じていた。
「光明、来たか。」
「皇太后さま、東宮の話はお断りしようと・・」
「光明(こうみょう)、そなたはこの者が東宮に相応しい器だと思うか?」
信子はそう言うと、白の碁石を打った。
「わたしは、母上がこの者が東宮に相応しい器だと思うのなら、何も異論はありません。」
「ほほ、そうか。近々高麗の学者を呼び、この者の相を占って貰うとしよう。」
二人の会話を傍で聞いていた光明は、信子が自分を東宮の座に就かせようとしていることに気づいた。
「皇太后さま、わたくしは・・」
「そなたは何も心配せず、わたくしに全てを任せればよいのです。」
光明に反論の余地すら与えず、信子はそう言うと彼に微笑んだ。
兄が言っていた通りになってしまった。
「只今戻りました。」
「皇太后さまとの話し合いはどうだった?」
「話し合いにもならなかった。皇太后さまはわたしが東宮になるのが当然だと思っていらっしゃるようだ。」
「あの方に曖昧な返事をしたお前が悪い。」
光明は光利にそう言われ、溜息を吐いて俯いた。
「もう皇太后さまがお前を東宮にさせたいという気持ちは揺らがないのだから、お前も腹を括ることだな。」
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