リンクに曲が流れ、真紀は無心になって弟への想いを氷上で表現した。
歳三から千尋が肺高血圧症という難病に罹っていることをメールで知らされ、大会を放り出して弟の傍に居てやりたいと思った。
だがアンドレの言葉を受け、自分にとって最高の演技を弟に見せることが自分に今出来る事なのだと真紀は気づいた。
だから今回のフリープログラムでの演技は、ジャンプの回数は少なくして、ステップと表現力で勝負しようと思ったのだった。
彼の演技は、世界中を魅了した。
『マキ、完璧な演技だったぞ!』
『有難うございます、コーチ。』
『得点が出ました、240.4!自己最高記録を更新しました宮下真紀選手、グランプリファイナルシリーズ2連覇達成です!』
画面に表示された得点を見た真紀は、今まで堪えていた涙を流し、アンドレの肩にもたれかかった。
『宮下選手、感動の余り言葉が出てこないようです。』
『今までの彼の躍動感溢れる滑りとは違いましたね。』
病室で歳三とともにテレビを観ていた千尋は、真紀が自分の事を想って滑ってくれていたことに気づいた。
「千尋、お前は一人じゃねぇ。」
「はい・・」
「なぁ、結婚式のことなんだが・・少し早めに挙げねぇか?」
「そんなこと、出来るんですか?」
「それはやってみねぇとわからねぇだろう。」
歳三はそう言って笑ったが、結婚式を挙げる来年の6月末まで、千尋が生きているのかどうかさえわからず、歳三は常に千尋を失うのではないかという不安に襲われていた。
「千尋、俺はもう帰るが・・一人で大丈夫か?」
「大丈夫です。」
「明日、また来るからな。」
「お気をつけて。」
「ああ。」
歳三が病室から出て行くまで千尋は笑顔を浮かべていたが、彼の姿が見えなくなった途端、押し殺した声で泣いた。
本当は不安で堪らないのに、歳三の前では無理に笑顔を作り、彼を心配させないようにしている。
それが、とてつもなく辛い。
ひとしきり泣いた後、千尋は左手の薬指に嵌めている指輪を見た。
(歳三さん・・)
歳三はいつも自分の事を考えて、守ってくれている。
このままだと、自分が歳三の負担になってしまうのではないか―そう思うと、辛くて堪らない。
(誰か、助けて!)
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