宮廷で暴力事件を起こしたエルンストは、数か月間の自宅謹慎処分となった。
彼をいじめていた侍従達は皆、自主退職した。
それは表向きの事で、裏でルドルフが根回ししたに違いないという噂が、宮廷中に広まりつつあった。
『ねぇタマキ、あの噂についてどう思う?』
『噂などいちいち気にしていられません。それよりもヴァレリー様、これからピアノのレッスンではないのですか?』
『ああ、そうだったわ!じゃぁタマキ、後でね!』
ヴァレリーはそう言うと、慌てて環の前から走り去った。
『タマキ様、おはようございます。』
『エリザベスさん、おはようございます。』
『エルンストさんの事、聞きました。わたしの所為で、彼が・・』
『悪いのは、彼をいじめていた者達です。エリザベスさん、今日の午後、何か予定はありますか?』
『いいえ。』
『貴方を一度、連れて行きたい場所があるのです。』
環はそう言うと、エリザベスに微笑んだ。
彼がエリザベスを連れて行ったのは、エルンストの自宅だった。
『あの、ここがわたしを連れて行きたい場所ですか?』
『はい。』
環がドアノブをノックすると、中からエルンストが顔を出した。
『タマキ様、エリザベスさんも。』
『エルンストさん、こんにちは。差し入れを持ってきました。』
『どうぞ、お入りください。』
二人が居間に入ると、そこにはソファに座っているゲオルグの姿があった。
『タマキ様、お久しぶりです。』
『ゲオルグさん、お元気そうで何よりです。』
環はそう言ってゲオルグに挨拶のキスをした。
『今日は弟の事でわざわざこちらにいらしたのでしょう?』
『ええ。ゲオルグさん、貴方ならばエルンストさんが何故あの事件を起こしたのか、その理由が解ると思って、こちらに伺ったのですけれど・・』
『弟は、わたしの為に慣れない喧嘩をしてしまったのです。』
ゲオルグは一旦言葉を切ると、カップを持って紅茶を一口飲んだ。
『貴方の為に?』
『ええ。弟は、自分をいじめていた連中がわたしの事を中傷しているのを聞いて激昂して暴力を振るってしまったと、事件の後話してくれました。』
環がエルンストの方を見ると、彼は恥ずかしそうに俯いていた。
『タマキ様、弟は優しい子で、人に理由なく暴力を振るう子ではありません。殿下もその事を理解し、弟に自宅謹慎処分を下したのです。』
『そうですか。』
『わたしは、自分の事は何も言われてもいいと思いました。けれど、尊敬する兄の事を中傷され、我慢できなかったのです。』
『エルンストさん、貴方は素敵な方ですね。』
『え?』
エルンストがエリザベスの言葉に虚を突かれ、俯いていた顔を上げると、彼女は自分に笑顔を浮かべていた。
『わたし、貴方の事をもっと知りたいです。』
『エリザベスさん、わたしは自分で言うのも何ですが、頼りない男ですよ。それでもいいのですか?』
『わたしは、喧嘩が強い殿方は嫌いです。でも、いざという時に守ってくださるような殿方は嫌いではありません・・貴方のような。』
エリザベスの言葉に涙したエルンストは、無意識に彼女の手を握っていた。
『これから、宜しくお願いいたします。』
『はい、こちらこそ。』
『ゲオルグさん、エリザベスさんのような方はどうですか?』
『彼女ならば、弟と上手くやっていけそうです。彼女がわたし達家族の一員になる日も、そう遠くはないようですね。』
ゲオルグはそう言うと、口元に柔らかな笑みを浮かべた。
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