『これから、ご結婚の準備が忙しくてこうして二人で会える日が少なくなりますね。』
『ああ。』
環の言葉を彼の膝の上で聞きながら、ルドルフはそう言うと彼の脇腹を擽(くすぐ)った。
『やめてください、もうっ』
『別にいいだろう?』
『こんな所をシュティファニー王女様に見られたら・・』
『別に見られてもいいさ。彼女との結婚は形だけだから。』
『しょうがない方ですね、貴方は。』
ルドルフを呆れ顔で見ながら、環はそう言って苦笑して彼の唇を塞いだ。
『珍しいな、もしかして婚約者に嫉妬しているのか?』
『そうではありません。』
『皇太子様、失礼致します。』
エルンストがルドルフの執務室に入り、ソファの上で寛いでいる主の姿を見てエルンストは慌てて執務室から出て行こうとした。
『エルンスト、わたし達に遠慮しなくてもいいぞ。』
『別に、遠慮などしていません。』
エルンストはそうルドルフに言い訳をしながらも、顔を羞恥で赤く染めて俯いていた。
『結婚前に少し羽目を外してもいいだろう。』
『皇太子様は羽目を外し過ぎです。ご婚約されても娼館通いはおやめにならないし、相変わらず新聞には過激な論文を発表されて皇帝陛下から睨まれて・・』
『エルンスト、お前もゲオルグに似て口うるさくなってきたな。』
『そうですか?』
『まぁ、いい。結婚後もお前と長い付き合いになることになるからな。』
ルドルフの言葉に首を傾げたエルンストは、彼に頼まれていた書類を手渡した。
『ヨハン大公様は、このご結婚に何とおっしゃっておられるのですか?』
『わたしが性急に結婚を決めたものだから、呆れているよ。今朝はわたしに後悔しても知らないぞと、憎まれ口を叩いて来た。』
『ヨハン大公様らしいですね。』
環がそう言って笑うと、ルドルフは再び彼の脇腹を擽った。
『皇太子様、今のは見なかったことに致します。ですから、余り羽目をお外しにならないようにしてくださいね。』
エルンストはそう言って溜息を吐き、ルドルフの執務室から出て行った。
『ただいま。』
『お帰りなさい、貴方。』
彼が帰宅して居間に入ると、そこには悪阻が酷くて入院している筈の妻の姿があった。
『エリザベス、入院している筈じゃなかったんじゃないのかい?』
『点滴をお医者様に打っていただいたら、良くなったわ。色々と心配を掛けてしまって御免なさい、貴方。』
エリザベスがそう言って夫を見ると、彼は少し疲れたような顔をしていた。
『どうなさったの、何か王宮であったの?』
『別に。ただ、皇太子様が・・』
『今更あの二人の関係にわたし達が口出ししても、どうすることも出来ないのは、貴方だって解っているでしょう?』
『そうだね、君の言う通りだ。』
エルンストは妻を抱き締めると、彼女も自分の背に腕を回した。
『それにしても、あの皇太子様がご結婚されるなんて未だに信じられないわ。』
『もしかして君も、皇太子様がご婚約されたというニュースを聞いて自棄酒を呷ろうとしたくちかい?』
『わたしは妊娠しているのよ、そんな馬鹿な事はしないわ。それに、わたしには貴方という素敵な伴侶が居るもの。』
『あぁ、そうだったね。』
『もう、恥ずかしい事を言わせないでよ。』
『御免、御免。』
妻のブロンドの髪を優しく梳きながら、エルンストは彼女と結婚して良かったと、改めて思った。
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