『ルドルフ、最近皇太子妃が公の場で愛人とダンスを踊ったりして仲睦まじい姿を貴族達に見せていると聞くが、お前はそれに対してどう思っているのだ?』
『シュティファニーの事については、わたしは何も口出しは致しません。わたしの女性問題の事で以前の彼女は口煩くわたしを執拗に責めたてていましたが、エルジィが生まれてからはそれもしなくなりました。彼女が愛人と火遊びをしても、子供が出来ないのですから心配することはないでしょう。』
『お前は、あいつの事を放っておくというのか?』
『ええ。』
フランツは、淡々とした口調で妻の愛人の存在を黙認するような発言をしている息子の事が解らなくなってしまった。
『ルドルフ、お前は一体何を考えている?』
『それは、わたし自身でもわかりません。では、仕事があるのでこれで失礼します。』
ルドルフが部屋から出て行った後、フランツは溜息を吐いて執務机の前に座った。
そこには、美しい妻の肖像画が置かれてあった。
(シシィ、ルドルフはお前に似ている・・お前がわたしの傍に居てくれれば、ルドルフを理解できるのに・・)
ルドルフとフランツは、政治的な意見の相違で対立し、ルドルフは皇太子という身分でありながら貴族制度を批判し、ドイツと親しくなろうとするフランツを遠回しに非難する論文を新ウィーン日報へ投稿していた。
その事をフランツは知っていたが、自分が何を言ってもルドルフが考えを変えるつもりがないということくらい、解っていた。
ルドルフが子供だった頃、彼は自分を憧憬の目で見つめ、いつか自分のような皇帝になりたいと目を輝かせながら自分に話してくれたことがあった。
それなのに、今のルドルフは最近一種の絶望と諦めを纏っているようにしかフランツの目には見えないのだ。
(わたしには、あいつの事が解らない・・)
『陛下、どうかなさいましたか?』
『・・タマキをここへ呼べ。あいつに聞きたいことがある。』
環が皇帝の私室に呼び出された頃、ルドルフはフロイデナウ競馬場のロイヤルボックスでレースを鑑賞していた。
『どうです、うちの馬は見事なものでしょう?』
『あぁ、そうだな。』
『ねぇ皇太子様、わたくしと素敵な時間を過ごしませんこと?』
自分をあからさまに誘惑して来るラリッシュ伯爵夫人にルドルフは嫌悪感を滲ませながら、彼女にそっぽを向いた。
『済まないが、わたしには妻が居るのでね。』
『あらあら、皇太子様はいつから身持ちが固くお成りに遊ばせたのかしら?今まで数々の女性と浮名を流してきた方のお言葉とは思えませんわね?』
しつこく自分に食い下がるラリッシュ伯爵夫人に対して内心舌打ちをしながら、ルドルフは気分が優れないと嘘を吐いてフロイデナウ競馬場を後にした。
『ラリッシュ伯爵夫人はしつこいですね。まだ皇太子様の事を諦めていらっしゃらないみたいです。』
ロイヤルボックスでの一部始終を見ていたエルンストは、そう言って溜息を吐いた。
『しつこい女は嫌いだ。エルンスト、折角の休日だというのにこんな場所に付き合わせてしまって済まないな。』
『いいえ。エリザベスが子供達を連れて英国に行っているので、寂しく広い家に一人で居るよりはいいです。』
『エリザベスの父親の容態はどうだ?かなり悪いとタマキから聞いたが・・』
『元々心臓が弱いお方でしたから、出来るだけ傍に居てやりたいとエリザベスは申しておりました。わたしは義父に嫌われておりますので、英国行きを断りました。』
『何処の家でも、義理の親子関係は上手くいくのか、いかないのかのどちらなのだな。まぁ、わたしの所でも同じようなものだが。』
ルドルフはそう言うと、寂しげな笑みを口元に浮かべた。
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