「副長、わたしにお話とは何でしょうか?」
「武田、お前が隊内であの娘について妙な噂を広めていると総司から聞いたが・・それは本当か?」
歳三の言葉を聞いた武田は、口元を少し歪めて笑った。
「何を根拠にそのような事をおっしゃるのですか、副長?」
歳三は武田を睨みつけたが、武田は飄々とした口調でこう言った。
「他に用が無いのなら、わたしはこれで失礼いたします。」
武田はさっと立ち上がり、副長室から出て行った。
「土方さん、噂の事、武田さんから聞きました?」
「ああ。あいつに上手い事はぐらかされたがな。」
歳三はそう言って溜息を吐くと、文机の前に座って溜まっていた書類の処理を始めた。
「総司、ここは本当に京なのか?」
「何を馬鹿な事を言っているんですか、土方さん?僕達が居るのは、紛れもなく帝がおわす京の都ですよ。まぁひとつ違っている事といえば、向こうの世界―アメーシア王国があるという事だけですかね。」
「前から気になっていたんだが、そのアメーシア王国っていうのはどんな国だ?西洋の国か?」
「まぁ、一言でいえばそうですけど、あちらの国を治めているのはエゲレスと同じ女王なのですよ。その女王というのが、土方さんと瓜二つの顔をしているんですって。」
「俺と同じ顔をしている女王か・・一度でもいいから、その顔を拝んでみてぇもんだな。」
歳三がそう言って笑うと、雪華が湯呑を載せた盆を持って入って来た。
「お茶が入りました。」
「有難う。そこに置いといてくれ。」
「はい。」
雪華がそう言って湯呑を置くと、歳三はちらりと彼の方を見た。
「なぁ雪華、アメリアの様子はどうだった?」
「最近良く眠れているみたいです。でも、噂の事で少し傷ついているみたいです。」
「そうか。噂の事は気にするなとあいつに伝えておいてくれ。」
「解りました。」
雪華はそう言って歳三に向かって頭を下げると、副長室から出て行った。
書類処理を一通り終えた後、歳三は腰下まである長い髪を一房摘んだ。
五稜郭で死んだとき、洋装に合わせて髪は短く切った筈だったが、この世界に飛ばされてから髪は昔の長さに戻ったらしい。
総司から聞いた話が全て本当なのだとしたら、異世界の王国を治める自分と瓜二つの顔をしている女王に一度会ってみたいと思った。
何故自分がこの世界に飛ばされたのかが、彼女に会えば少しは解るのかもしれない―そう思いながら歳三が畳の上に寝転がっていると、外の方が急に騒がしくなった。
「何だ、貴様ら!」
「新選組副長、土方歳三はここに居るか?」
歳三が副長室から外に出ると、そこには真紅の軍服姿の男達が隊士達と睨み合っていた。
「てめぇら、何者だ?」
「土方歳三だな?」
「ああ、そうだが・・てめぇら、俺に何の用だ?」
男達の中からリーダー格と思しき男の一人が歳三の前に現れ、男は歳三を紅い瞳で睨んだ。
「女王陛下がお前に会いたがっている。我らと共に来て貰おうか。」
傲岸不遜な口調でそう言った男は、再度歳三を睨みつけた。
「総司、留守の間近藤さんの事を頼む。」
「わかりました。」
男達と共に屯所から出て行く歳三を、総司は黙って見送った。
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