「ここは寒いから、中へ戻りましょう。」
「はい。」
千尋と総司が甲板から立ち去ろうとした時、総司は突然激しく咳込み、その場に蹲った。
「沖田先生、大丈夫ですか?」
「えぇ、大丈夫です。」
「沖田さん、これを!」
千は慌てて総司の肩にショールを掛けると、彼の肩に手を回し、千尋と共に暖かい船室へと戻った。
「こんなにも身体が冷え切ってしまって・・一体、荻野さんと何の話をされていたのですか?」
「それは、秘密です。」
「身体が温まったら、ベッドに横になってください。」
「ありがとう、千君。貴方のその優しさは、貴方が親御さんから注がれた愛を、そのままわたし達に与えてくれているのですね。」
「そんな、大それた事はしていませんよ。僕は母から教えられた事を守っているだけです。」
「お母さまから教えられた事?」
「はい。あれはまだ、僕が小学生だった頃の事でした。」
千は、総司達に母との思い出を語った。
その頃、千は金髪碧眼という日本人離れした容姿の所為で、学校の同級生から言葉の暴力を受けていた。
母は家計を支える為に仕事で忙しく、いつも家の中で一人母の帰りを待っていた千は、当時飼っていたゴールデンハムスターのチロだけに、学校で受けた暴力の苦しみや辛さを吐き出していた。
チロはそんな千に、黙って寄り添ってくれた。
そんな中、千はクラスで飼っていたゴールデンハムスターを同級生が虐待しているのを目撃し、その同級生と取っ組み合いの喧嘩をした。
喧嘩をしたのは、言葉を話せない動物を平気で虐待するその同級生に、千は激しい怒りを感じたからだった。
学校に呼び出された母は、担任教師から初めて千がその同級生から言葉の暴力を受けていた事を知ったのだった。
母は千の同級生から虐待されていたゴールデンハムスターを学校から引き取り、そのまま動物病院へと連れて行った。
待合室で、千は泣きながら母に迷惑を掛けてしまった事を謝った。
「お母さん、黙っていてごめんなさい。」
「貴方が謝る事は何もないわ。千、貴方がこの子を助けた時のように、困っている人や弱っている人が居たら、優しく手を差し伸べてあげなさい。そして、憎しみには愛で向き合いなさい。チロやこの子に対して与えている優しさを、周りの人達にも与えてあげなさい。優しさは人を幸せにするものだから。」
「お母さん、僕の事を怒らないの?」
「貴方は何も悪いことをしていないでしょう。だから、母さんが貴方を怒ることはなにもないわ。」
その後、あの同級生は家の事情でどこか遠い学校へ転校していき、千に対する言葉の暴力は次第になくなった。
チロと、学校から引き取った太郎と名付けたゴールデンハムスターがそれぞれ老衰で亡くなった後、千は母と共にプランターにその亡骸を埋葬した。
「きっとチロと太郎は、貴方に愛されて幸せだったと思うわ。だから千、その優しさを周りの人に与えてあげて。」
その時の母からの教えを、千尋は今でも守っているのだった。
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