※写真はイメージです。
アトランティス号の処女航海祝賀記念を兼ねた乗客歓迎パーティーは、一等船室の大広間で開かれた。
「盛況ですね。」
「えぇ。」
パーティー会場には、様々な国籍の招待客達が居た。
その中に、日本人留学生と思しき青年達の姿を見たステファニーは、彼らにマサトの姿を重ねていた。
もし自分と出会わなければ、マサトは今頃彼らと共にこの船に乗っていたのかもしれない。
もし・・
「ステファニーさん、今何を考えているのですか?」
「いいえ、何も・・」
「彼らの中に、マサトさんの姿を重ねていたのでしょう?」
「・・エドガー様には、何でもお見通しのようですね。」
ステファニーはそう呟くと、エドガーに泣き顔を見せまいと俯いた。
「何処か、静かな所へ行きましょうか?」
「・・はい。」
二人が大広間から、人気のないデッキへと向かうのと入れ違いに、ラスプーチンとレパードが大広間に入って来た。
―あの方・・
―見かけない方ね。
―黒髪の方に一度だけでもいいから口説かれてみたいわ。
「グレゴリー、化け物だった俺がこの顔に生まれ変わった途端、女達は俺に熱い視線を送ってくる。人はやはり、見た目で惑わせるものだな?」
「我が君、あなたの素晴らしさを知るのはわたしだけです。」
「ふん、一丁前に嫉妬か?可愛い奴め。」
レパードがそう言ってラスプーチンに微笑んだ時、楽団がワルツの演奏を始めた。
「踊ろう。」
「はい。」
突然始まった男同士のワルツに、招待客達は一斉にどよめいた。
華やかなパーティーが開かれているこの船の地下には、ラスプーチンの“実験体”が入った棺が約300体納められていた。
その中で、他の棺から少し離れた青色の棺の蓋が、少しずつ開き始めた。
「もう、戻りましょう。」
「はい。」
二人が大広間に戻ると、丁度レパードとラスプーチンのワルツが終わったところだった。
「ステファニー、久しぶりだな。」
「小父(おじ)さん、お久しぶりです!」
ステファニーは、両親の友人であるフレイザー伯爵夫妻と久しぶりに会い、彼らと抱擁を交わした。
「この船に乗る前、あなたのご両親と話して来たわ。そちらの方が、あなたの婚約者の方ね?」
そう言ったフレイザー伯爵夫人は、エドガーに微笑んだ。
「はじめまして、レディ=フレイザー。エドガー=セルフシュタインと申します。」
「あなたの話はマルガリッテから聞いているわ。ステファニーの未来の頼もしいお婿さんだと。」
「まぁ、お母様ったら・・」
母が自分達の結婚を認めてくれている事を知り、ステファニーは笑顔を浮かべた。
「小父様達はニューヨークへ何をしに行かれるのです?」
「仕事を兼ねた旅行だよ。メアリーは、観劇を楽しみにしているんだ。」
「あら、それはいいですわね。ニューヨークに着いたら、一緒にお供してもよろしいかしら?」
「えぇ、いいわよ。」
ステファニーがフレイザー伯爵夫妻とそんな話をした時、彼は誰かにぶつかった。
「きゃぁっ!」
「すいません、大丈夫でしたか?」
「何するのよ、骨が折れたじゃない!」
ステファニーがぶつかった相手に謝ろうとした時、その相手が、ミラノで見かけたアメリカ人夫妻の片割れである事に気づいた。
「ステファニーさん、大丈夫ですか?怪我はありませんか?」
「はい・・」
「ちょっと、誰か警察を呼んで!」
「失礼ですがマダム、あなたが先にぶつかって来たのでは?」
金切り声で騒ぐ女性の前に、一人の老紳士が現れた。
「何よ、あんた!」
「先程そちらのお嬢さんがご友人達とお話しされている際、あなたがそちらのお嬢さんにぶつかって来られたのを見ましたよ。」
「わたくしも見ましたわ!」
「わたくしも!」
「何よ、覚えておきなさい!」
女性はそう捨て台詞を吐くと、大広間から去っていった。
「災難でしたね、お嬢さん。」
「助けて下さってありがとうございます。」
「いいえ。」
老紳士はそう言うと、ステファニーに優しく微笑んだ。