「薄桜鬼」の二次創作小説です。
制作会社様とは関係ありません。
二次創作・BLが嫌いな方はご遠慮ください。
早朝のホテル内にあるプールには、人気がなかった。
このプールを利用出来るのはホテルの宿泊客と、毎月十万円の会費を払えるフィットネス=ジムの会員だけである。
雪乃と熱い一夜を過ごした隼人は、気分転換する為朝からこのプールで泳いでいた。
泳ぎ疲れた彼がプールサイドで濡れた身体をタオルで拭いていると、そこへ隣のレーンで泳いでいた土方がやって来た。
「隼人、奇遇だな。」
「兄貴、兄貴もここの会員だったのか?」
「あぁ。体力作りに、週三日はここに来て泳いでいる。」
「へぇ、そうなのか。」
「泳ぎ納めで、今日来たんだが・・こうして、お前と会うとは思わなかったな。」
「なぁ兄貴、兄貴は今幸せか?」
「どうして、急にそんな事聞くんだ?」
「俺、昨夜あいつと・・雪乃と別れた。」
「そうか。」
「あいつの事が、向こうの親にバレた。それに義父から、“けじめ”をつけろと言われた。」
「いいんじゃねぇのか、お互いに納得して別れたんなら。」
「そう言ってくれるのは兄貴だけだ。」
隼人はそう言いながら、数分前に先に生まれた双子の兄の横顔を見た。
兄は、野心家の自分とは違い、ひたすらパティシエの夢に向かって邁進し、今では世界的に有名なパティシエとなった。
「実は、来春辺り銀座に支店を出さねぇかって誘われているんだが・・断った。
「大きなチャンスを逃してどうするんだよ、兄貴。」
「“今はまだ、その時機じゃねぇ”と、心の中で声が聴こえたんだ。それに、俺ぁあの店だけでやっていこうと思う。」
「安定志向なのは相変わらずだな、兄貴は。俺は、一度だけの人生なら、高みに昇ってみせるぜ。」
「隼人・・」
「俺ぁ、あんな惨めで貧しいクソな生活には戻りたくねぇんだ。」
「隼人・・」
「俺はいつか偉くなって、今まで俺の事を馬鹿にして来た奴らを見返してやる‥兄貴、あんただってあいつらにされて来た事、忘れてねぇだろうな?」
「まぁ、な・・」
「ふん、兄貴は土方家に大切に育てられたから良いよな。俺とは大違いだ。」
隼人はそう土方に吐き捨てるように言うと、プールから去っていった。
頭から熱いシャワーを浴びながら、土方は双子の弟と生き別れた日の事を思い出していた。
土方――歳三と隼人は、敵同士であった両親との間に生まれた。
双子として生まれ、二人は何をするにも、何処に行くにも一緒だった。
だが小学校入学前に、両親が二人共交通事故死した事により、幸せだった二人の生活に暗雲が立ち込めた。
親族会議で、歳三は土方に、隼人は内藤家にそれぞれ引き取られる事となった。
兄の歳三は父方の実家である土方家に、弟の隼人は母方の実家である内藤家に引き取られた。
土方家は、歳三を実子と分け隔てなく愛情を注いで育ててくれていたが、隼人は内藤家で犬以下の扱いを受けた。
家族とは食事や寝る場所も別で、内藤家の者達は隼人をまるで使用人のようにこき使った。
学校には通わせて貰ったものの、入浴も洗濯も許されなかったので、隼人はいつも臭くて汚かった所為で学校ではいつも一人だった。
内藤家の者達は、“豚が服を着ているかのような”人達だった。
金にがめつく、食い意地が張っており、彼らはいつも暇さえあれば何かを食べているか、隼人を殴ったり罵る事だけが楽しみな者達だった。
日々彼らに虐げられ、耐える事しか出来なかった小学校時代は終わりを告げ、隼人は中学生になった途端、家から出たくて勉学に励み、内藤家の図体だけデカくて馬鹿な従弟の希望校だった難関私立名門校に合格した。
だが、従弟に窃盗の濡れ衣を着せられ、合格は取り消しとなった。
(絶対にこいつらに復讐してやる。俺は、こいつらより偉くなってやるんだ!)
中学卒業後、隼人は内藤家から出て遠縁の親戚宅から高校へと通った。
高校を卒業した隼人の元に届いたのは、自分を虐げていた内藤夫婦が事故死したという知らせだった。
葬儀の席で悲嘆に暮れている従弟の姿を見て、隼人は笑みを浮かべた。
「隼人、久しぶりだな。元気だったか?」
「兄さん・・」
久しぶりに再会した歳三は、全身に自信が満ち溢れているかのように見えた。
「良かった、間に合って。飛行機の時間までまだあるから・・」
「兄さん、何処かに行くのか?」
「あぁ。これからパリに行くんだ。向こうで本場のスイーツを学んで来るんだ。」
「へぇ・・」
隼人は幼い頃、兄が将来の夢を“ケーキ屋さん”と書いていた事を思い出した。
「頑張れよ。」
「あぁ。」
泥に塗れ、必死に底辺から這い上がろうとしている隼人にとって、夢に向かって着実に歩み出している兄の姿は、眩しくもあり、妬ましかった。
自分と同じ日に生まれ、今まで一緒に生きてきたのに、裏切られた。
「兄貴、いつか見ていろよ。俺は、いつか偉くなって、望むもの全てを手に入れてやる。」
兄貴の大切なものを、全て奪ってやる。
俺達は、何でも“シェア”しねぇとな。
そうだろ、兄貴?
「は?カルチャースクールの講座?」
「そうだよ。来週から五回、毎週木曜日!」
「大鳥さん、俺がそんなに暇そうに見えるか?」
「いいじゃねぇか土方さん、地域貢献の一環だと思って。」
そう言いながら店に入って来たのは、歳三の近所の知り合いで、バーを経営している原田左之助だった。
「原田・・」
「あんたもそろそろ、その秘密主義を封印しちまってもいいんじゃねぇのか?」
「わかったよ、やればいいんだろ・・」
こうして歳三は、ひょんな事からカルチャースクールの講師をする事になった。
「千鶴ちゃん!」
「お千ちゃん、どうしたの?」
「ねぇ、駅前のカルチャースクールのチラシでこんなの見つけたんだけど、一緒に受けてみない?」
「え?」
「ホラ、この前ランチで千鶴ちゃんが話していた人、講師やるみたいよ!」
「嘘!?」
千鶴は、思わず千姫が持っていたチラシをひったくるようにして彼女から受け取ると、そこにはあのパティシエの顔写真があった。
「これ、一緒に受けてみようかな。」
「そうこなくちゃ!」
こうして、千鶴は親友の鈴鹿千と共に、『トップパティシエと学ぶスイーツ作り』を受講することになった。
「やっぱり、凄いわぁ!受講者みんな女性ばかりね!」
「そ、そうね・・」
千鶴が周囲を見渡すと、確かに若い女性ばかりが目立つ。
「きゃ~!」
「土方様~!」
調理実習室に現れた歳三を見た女性達は、一斉に悲鳴を上げた。
中には名前入りのうちわを持っている者も居て、さながらアイドルのコンサート会場のような熱気に包まれていた。
「はじめまして、土方歳三です。美亜さん、お忙しい中この講座を受講して下さり、ありがとうございます。」
「キャ~!」
「では、皆さん初心者という事で、記念すべき第一回目は、クッキーの作り方を教えます!」
こうして、歳三は無事カルチャースクールでの初日を終えた。
「はぁ~、疲れた!」
「土方さん、お疲れさん。」
「サンキュ、左之。」
「なぁ、新人は来たのか?」
「来たが、三日で辞めやがった。」
「厳し過ぎるんだよ、あんた。もっと肩の力を抜けよ。」
「そうは言ってもなぁ・・」
歳三が原田のバーでそんな事を話しながらグラスを傾けていると、そこへ金髪の男が入って来た。
「また会ったな、内藤。」
「てめぇ、誰だ?」
歳三の言葉を受け、金髪の男は少し落ち込んでいた。
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