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JEWEL

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2024年04月10日
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・この小説は、平井摩利先生の「火宵の月」ヴィク勇パラレルです。
・原作と若干違う設定にしております。
・オリジナルキャラ多めです。
・勇利が両性具有設定です。

作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。

「JJ、いつまで居るの?」
「それは、お前を嫁にするまでだ、勇利!」
「またそんな事を言って・・」
JJ―かつて同じ時を過ごした幼馴染の言葉を聞いた勇利は、何度目かわからぬ程の溜息を吐いた。
「僕は、ヴィクトル様以外とは・・」
「何言っている、勇利?あいつは、自分のようなガキを作りたくないから、お前を抱かないんだろう?要するに、あいつは・・」
「俺が、何だって?」
氷のように冷たいヴィクトルの声に、二人が背後を振り返ると、そこには出張から帰って来たばかりの彼が、眉間に皺を寄せながら立っていた。
「お帰りなさい、ヴィクトル様!」
「俺が居ない間にこいつと浮気したの、ユウリ?」
「え、そんな事は・・」
「へっ、よく言うぜ!てめぇは姫君達に囲まれて嬉しそうに鼻の下を伸ばしていたくせによぉっ!」
「え?」
「お前の目は節穴か、JJ?婆共に囲まれ、その上子供達に纏わりつかれて嬉しいもんか。」
「ヴィクトル様・・」
勇利がそう言いながらヴィクトルに抱きつこうとした時、彼のつけた香とは違うものが彼から漂っている事に気づいた。
「あ・・」
「気にするな。」
 ヴィクトルはそう言うと、恋文を直衣の袖の中から出した。
「風呂に入って来い、あちこち泥だらけだぞ。」
「はい・・」
(こいつ、勇利の気も知らねぇで・・)
JJは、湯殿へ向かう前、勇利が泣いていた事に気づいた。
「なぁにむくれてんのよ、この子は。」
「むくれてなんかないよ!」
湯船に浸かりながら、勇利はヴィクトルに恋文を送った女性の事を想っていた。
きっと彼女は美しくて、教養があって、ヴィクトルの妻に相応しいのだろう。
中途半端な自分とは違って。
(有能だし、養子とはいえ貴族だし、ヴィクトル様綺麗だし、それに比べて・・)
「勇利ちゃん、まだお風呂に入って・・きゃぁ~!」
和紗が中々風呂から出て来ない勇利を心配して湯殿の方を見ると、勇利は湯船の中で気絶していた。
「風呂でのぼせるなんて、全く・・」
「まぁ殿、どちらへ?」
「俺の部屋に決まっているだろう。」
「まぁ、そうですの。」
“殿、もしかして・・”、“きゃ~、それ以上言うのは野暮よ~”と言う式神達の声を聞きながら、ヴィクトルは舌打ちして自室の中に入った。
「ったく、ユウリは俺が少しでも目を離すと、こうなんだから。」
勇利を御帳台の中に寝かせると、ヴィクトルは彼と共に横になった。
「ん・・」
翌朝、勇利が寝返りを打つと、何かが指先に触れた。
それは、ヴィクトルの長く、美しい銀髪だった。
「え、えっ!?」
「そんなに驚くな、ユウリ。」
「どうして、僕・・」
「ユウリ、お風呂でのぼせちゃって、俺が自分の部屋まで運んで来たんだよ、憶えてない?」
「え、あ、わぁ・・」
勇利はパニックになり、暫くヴィクトルに抱きついたまま離れようとしなかった。
「勇利ちゃん、おはよ・・きゃぁ~!」
ヴィクトルの式神達がヴィクトルの部屋で見たのは、抱き合っているヴィクトルと勇利の姿だった。
「もぅ~、二人共狡いわよ、抜け駆けなんて~」
「ち、違うって、おねーさん達っ!」
「あらぁ、さっきの様子だと、殿も満更でもなかったようなだけど?」
「ね~」
「もぉ~、ヴィクトル様に言いつけてやる!」
「残念でした、ヴィクトル様ならお仕事へお出かけになられたわよ。」
「そ、そうなんだ・・」
「あら、元気ない。そんなにヴィクトル様が恋しいの?」
「そりゃぁ、共寝した仲だもんね~」
「お、おねーさん達、いい加減に・・」
「一体、何の話だ、勇利?」
「あ、JJ・・今の話・・」
「俺は、認めないぞ!」
JJはそう叫ぶと、勇利に抱きついた。
「ぎゃ~!」
「あ~、また出たわ。」
「殿、早く追い出してくれないかしら?」
「無理よぉ、最近呪術師殺しが多発していて、殿はその捜査に追われているんだもん。」
「それにしても、被害者がみんな雷で焼き殺されるなんて怖いわよね~」
(ヴィクトル様、大丈夫かな?)
式神達の話を聞きながら勇利がヴィクトルの身を案じている頃、ヴィクトルは執権に命じられ、逗子に住むある貴族の姫君を警護する仕事に就いていた。
(全く、何だって俺がこんな事を・・)
そんな事を思いながら、ヴィクトルは自分が警護する姫君と御簾越しだが会う事になった。
「お初にお目にかかります、ヴィクトル=土御門=ニキフォロフと申します。」
「まぁ、あなたが・・」
「姫様、なりません!」
ヴィクトルが俯いていた顔を上げると、自分の前には勇利と瓜二つの顔をした姫君の姿があった。
(ユウリ、なのか・・?)
「あなたが、京からいらっしゃったという方・・」
勇利と瞳の色は違えども、琥珀色の瞳にヴィクトルは魂を吸い込まれそうになった。
「俺・・わたしを、知っているのですか?」
「ええ。わたくしの従兄のオタベックから、京に居た頃色々とお話を聞いておりましたのよ。」
「オタベック・・」
以前、宮中で顔を合わせた事がある、ギオルギーの異母弟。
「あなた、京から何故、逗子に?」
「あなた様の事が忘れられず、こうして参りましたの。」
「わたしを?」
「ええ。」
(おかしい・・どうして、俺は・・)
勇利と瓜二つの顔をした姫君―椿に、ヴィクトルは次第に溺れていった。
(遅いなぁ・・ヴィクトル様。)
ヴィクトルが出張から帰って来たのは、ヴィクトルが逗子へと向かってから七日後の事だった。
「ヴィクトル様、お帰りなさ・・」
「まぁ、あなたが勇利様?本当に、わたくしと瓜二つの顔をなさっているのね。」
ヴィクトルに抱きつこうとした勇利は、彼の背後に立っている椿を見て動揺した。
(この人・・)
「ヴィクトル様、この方は・・」
「初めまして。わたくし、帝の護持僧・オタベックの従妹の、椿と申します。」
こうして、椿は暫くニキフォロフ邸に滞在する事になった。
「ねぇ、何なのあの女?」
「もしかして・・」
「まさかぁ、殿に限ってそんな事・・」
 突然の恋敵の出現に、勇利と和紗達は激しく動揺した。
「一体どうなさるおつもりなのかしら?」
「さぁねぇ~」
(ヴィクトル様とお似合いだったな、椿様・・)
自分と同じ顔をしていても、椿は女だ。
中途半端な自分とは、全く違う。
その日の夜、ヴィクトルが自室で寝ていると、渡殿から強い妖気が自分の方へと近づいて来ている事に気づいた。
(何だ、この妖気は?)
「何者!?」
「あら、驚かせてしまったみたいで、申し訳ないわね。」
「椿殿・・」
「あなたともっと、お話したくて・・構いませんこと?」
(吸い込まれる・・)
翌朝、勇利がヴィクトルの部屋へと向かうと、そこで御簾越しに裸で抱き合うヴィクトルと椿の姿を見てしまった。
「まぁ、勇利様・・」
「失礼します!」
居た堪れなくなった勇利は、その場から逃げ出した。
「ユウリ!」
「ヴィクトル様、ここはわたくしが。」
勇利は、人気のない塀の近くで泣いていた。
(そうだよね、僕みたいのよりも、ヴィクトル様は・・)
「見つけたわぁ。」
「つ、椿様・・」
勇利は、自分を見つめている椿の全身から凄まじい殺気を感じた。
「あなたには、消えてくれないと・・」
(ヴィクトル様、助けて・・)
「ユウリ、何処だ、ユウ・・」
ヴィクトルは、“何か”の中へと沈む勇利と、それを眺める椿の姿に気づいた。
(強い妖気、こいつ・・)
「何者だ!?」
「ちぃっ、勇利と同じ顔をして化けてお前を油断させる気でいたけど、甘かったようだね!傀儡師のあたしもヤキが回ったもんだ!」
「ユウリを、どこへやった!?」
「あの子なら、もうこの世には居ないさ。あたしが魔界に堕としちまったんだもの。」
「魔界だと・・?」
「勇利を取り戻したかったら、あたしに協力するんだね。」
椿はヴィクトルに、鶴岡八幡宮に祀られている頼朝を調伏するよう目地た。
「さぁ、早くおし!」
「魔界へ行くなら、このJJに任せな。」
「は?お前が、魔界に?」
「次元通路なんざ一発で開けるからな。勘違いするな、俺は勇利の為を思って・・」
「いいだろう。」
魔界へ逃げた椿を追う為、JJとヴィクトルは魔界へと潜入し、勇利を発見した。
勇利は、魂を喰われてしまった。
「あぁ、そんな・・」
「おい、女が逃げたぞ!」
「許さない・・ユウリを、返して貰う!」
ヴィクトルはJJと協力して椿を倒し、彼女の中から勇利の魂を救い出した。
「この役立たずが、失敗しただと!?」
「申し訳ありません、主上・・」
オタベックはそう主に詫びながら、ヴィクトルの弱点が勇利である事に気づき、勇利を攫う事を企んだ。
「え、どういう事ですの、それ!?」
「件の呪術師殺しが殿の仕業だと密告した者が居ると!?」
「あぁ。その者が“誰”なのか、見当がつくけど。」
(間違いない・・あいつだ・・)
呪術師殺しの疑いをかけられたヴィクトルは、勇利をギオルギーの部下によって攫われてしまい、その途中で呪力を失った。
「ヴィクトル様、ごめんなさい・・」
「謝るな。」
勇利はヴィクトルがオタベックに狙われている事を知り、その身を挺して彼からヴィクトルを守ろうとした。
矢を受け倒れた勇利の姿を見たヴィクトルは、オタベックの企みを挫き、その額に醜い傷を刻んだ。
「おのれ、ヴィクトル・・」
呪術師殺しの疑いが晴れたヴィクトルと勇利は、再び共に暮らす事になった。
勇利の身体に異変が起きたのは、冬の訪れを告げる木枯らしが吹いた頃だった。
その頃ヴィクトルは仕事で多忙を極め、職場に泊まり込む事が多くなり、勇利と顔を合わさない日も多くなっていった。
「久し振りのご帰宅かよ、陰陽師サマ。」
「何だ、お前まだ居たの?」
ヴィクトルは勇利の為に屋敷周辺に強い結界を張り巡らし、勝手に勇利が外に出られないようにしていた。
その所為で、JJは勇利に会う事が出来ず、日に日に苛立ちが募っていった。
「勇利をほったらかしにして、平気なのかよ?あいつは今・・」
JJがそう言ってヴィクトルに詰め寄った時、屋敷の中から何かが倒れる音がした。
「ユウリ?」
「あ、ヴィクトル様、お帰りなさ・・」
そう言ってヴィクトルを出迎えた勇利は、激しく咳込んだ。
その足元に、血が滴り落ちた。
「ユウリ!」
勇利は、そのまま床に臥せってしまった。
「全部テメーのせいだ、ヴィクトル。変化期に抱かれなかった未分化は、そのまま血を吐いて死ぬんだ。」
「けれど、俺は・・」
「JJ、僕の相手をしてくれる?」
「ユウリ・・」
「あぁ、わかった。」
「ユウリ・・」
「部屋、かりるぜ。」
ヴィクトルは、部屋の中へと入っていくJJと勇利を、黙って見送る事しかできなかった。
「あ、ごめん・・」
勇利は、とうにJJに抱かれる覚悟をしていたのに、彼の唇を噛んでしまった。
「いいって事よ。」
その時、ヴィクトルが部屋に入って来た。
「ユウリは、お前にしか抱かれたくないってさ。はぁ~、50年も片想いしてきて、キツいよなぁ。」
JJはそう言うと、ヴィクトルと勇利を見た。
「ユウリの命を助けたいっていうのなら、他にも方法があるぜ。」
「え?」
「唐土に・・紅牙族に代々伝わる不死の妙薬がある。」
「不死の妙薬?」
「あぁ、紅牙族の雌の涙―紅玉さ。嫌なら、いいぜ。」
「僕、行きたい。」
「ユウリ・・」
「僕、“ふるさと”を知りたいんだ。紅牙族の村がどんなものなのか、見てみたいし。」
「そうか・・」
こうして、ヴィクトルと勇利はJJと共に唐土へ向かう事になった。
「ここが、唐土?」
強い雪と風で周りが見えず、勇利は寒さで死にそうになった。
「おい、村にはいつ着くの?」
「もう着いているぜ。」
「え・・この焼けた廃墟が?」
勇利達の眼前に広がっているのは、“村”だったものだった。
「助けて!」
焼けた村の跡地で、一人の子供が兵士と思しき男達に囲まれていた。
「樹里、大丈夫か?」
「JJ、帰ってたの!?」
「こいつらは?」
「政府の役人じゃないよ。村を焼いたのも、こいつらだよ。」
「へぇ~、紅牙狩り再開って訳か?じゃぁ、ここで殺しても誰も文句言わないよな?」
「やめて、JJ!」
男達を殺そうとしたJJを、ヴィクトルが止めた。
「JJ、どうして早く帰って来なかったんだ!」
「雌と子供達は?」
「人質に取られた。」
「JJ、そちらの客人達は?」
紅牙族の長がそう言って勇利とJJを指した先に、紅牙族の雄達がどよめいた。
「な、何だ!?」
「雌(おんな)か!?」
唐土の服に着替え、ヴィクトルと勇利は紅牙族の雄達と共に食卓を囲んだ。
「JJ、あの男は誰だ?」
「あいつか・・あいつは、日本幕府お抱えの呪術師様さ。」
「お前、何を考えて・・」
「まぁ。こっちにも色々と考えがあるんだよ。血を流さずに、人質を取り戻す方法をな。」
JJがそんな事を長と話している間、勇利は酒を飲み過ぎてしまった。
「おい、順番な!」
「わかってるって・・」
紅牙族の雄達がそう言いながら酔い潰れた勇利を運ぼうとしていると、彼らの前にヴィクトルが立ちはだかった。
「な、何だテメー!?」
『類友だな、まさに。』
ヴィクトルはそう言うと、薄笑いを浮かべた。
『それに触るな、妊娠する。』
「あのさぁ、俺らやる事やらねぇと溜まる訳よ、わかる?」
紅牙族の雄がそう言ってヴィクトルの胸倉を掴んだ時、勇利が彼に噛みついた。
「ヴィクトルをいじめるな!ヴィクトルは、僕の大切な人なんだから!」
「え、じゃぁ、こいつがあんたの伴侶?」
「そうだよ~」
「酒乱め!」
ヴィクトルはそう言って勇利の唇を塞ぐと、長から用意された部屋に入った。
「よ、飲むか?」
「あぁ。」
ヴィクトルは、JJから雌の紅玉が入手出来ないと知った時、微かに手の痺れを感じた。
「貴様、はめたな。」
JJは王と交渉する為、ヴィクトルを連れて都にある城に来ていたが、王は南の離宮で休暇中だった。
上手く交渉が出来ると思っていたJJだったが、ヴィクトルと共に彼は牢に繋がれてしまった。
「馬鹿だな。」
「うるせぇ!」
何とか牢から脱出した二人だったが、雌と子供達の命を盾にとられ、なす術がなかった。
「畜生・・」
「目を閉じていろ。」
ヴィクトルは、“神風”を起こし、城から脱出した。
「ねぇユウリ、大丈夫?」
「うん、大丈夫・・」
JJ達が雌の救出作戦を考えている間にも、勇利の容態は徐々に悪化していった。
「樹里、シーツ換えておいて。」
「ねぇ、ヴィクトルに頼めばいいじゃん、そうしたら・・」
「駄目。ヴィクトル様には心配かけさせたくないんだ。」
「でも・・」
「お願い。」
樹里と勇利がそんな事を話していると、渋面を浮かべたヴィクトルが部屋に入って来た。
(うわぁ、機嫌悪そう・・)
「ヴィクトル様、どうされたんですか?また、JJが失礼な事を?」
「あいつは存在自体が迷惑だからな。」
ヴィクトルは、そう言うと勇利を見た。
「ユウリ、いつまで意地を張っているつもりだ?俺が言っている意味、わかるな?」
「え・・」
「ユウリをいじめるな!」
樹里はそう言ってヴィクトルの部屋から出ると、自分とJJの部屋へと入った。
「俺、わかんない!何でヴィクトルはユウリを抱いてやんねーの?」
「色々と複雑なんだよ、大人ってのは。」
「ガキ扱いすんなっ!」
その日の夜、ヴィクトルは悪夢を見た。
子供の頃、父に殺されかけた悪夢を。
「ヴィクトル様?」
「お前は俺に、何を望みたいの?」
「僕は、ヴィクトル様と一緒に居たい・・それだけです。」
翌朝、勇利は意識不明の状態に陥った。
「もう、このまま・・」
“お父さん、しっかりして!”
目の前で父を喪った悲しみ。
大事な存在を失った苦しみ。
そんな思いを、二度としたくない。
「ユウリは誰にも渡さない。」
その時、JJはヴィクトルの髪が紅く染まるのを見た。
「最初から、こうすれば良かったね、ユウリ。俺は、絶対にお前を失いたくないんだ。」
ヴィクトルはそう言うと、勇利の上に覆い被さった。
ヴィクトルと結合した勇利は、その七日後に意識を取り戻した。
だが、勇利は記憶を失っていた。
「落ち着け、ユウリ!俺がわからないのか!?」
「嫌~!」
勇利は、己の名さえ忘れてしまっていた。
「なぁ、冗談だよな?」
「猫族の言葉、しゃべってみな?」
「んと・・えと・・」
言葉がたどたどしい勇利を見た紅牙族の雄達は、困惑した。
「これは・・」
「マジでヤバイぜ・・」
「ねぇユウリ、ヴィクトルの事、わからないの?あんなにヴィクトルの事、大好きだったじゃん!」
「わかんないよ・・」
厩で樹里と馬の世話をしながら、勇利が樹里とそんな事を話していると、JJが厩に入って来た。
「樹里、長が呼んでる。」
「わかった。」
勇利は馬の世話をしながら、自分の名前を思い出そうとしていた。
「名前・・僕の・・」
「ユウリだ。」
厩に、銀髪の男が入って来た。
「お前の名だ。」
男―ヴィクトルは、鋭い刃物のような“気”を纏いながら、勇利の腕を掴んだ。
ヴィクトルは、数時間前に長と話した内容を思い出していた。
「俺がユウリと結合したから、ユウリが記憶を失ったって!?」
「あんたは呪術師だ、我々にはわからない術を使う。それに、死者が蘇生された時、生前の記憶を失うという。」
「何だって・・」
(俺が、ユウリを・・)
「長は、俺がお前を蘇生させたとさ。今ここに居るユウリは、俺が知っているユウリじゃないって。」
(怖い、この人・・)
「お前の記憶は、俺が・・」
(怖い!)
恐怖の余り、勇利は黒豹に姿を変え、厩から逃げ出した。
「うおっ!?ユウリ、どうした?こいつに何かされたか?」
「お前と一緒にするな、ユウリ、こっちへ来・・」
ヴィクトルがそう言って勇利を見ると、勇利はJJに抱きついた。
「あ、こいつお前が怖いんだよ。」
暫く勇利は、JJ達と同じ部屋で寝る事になった。
「何だかわかるような気がするなぁ、あいつの“気”、刃物みたいに鋭くて怖いもん。」
「陰陽師なんざ、俺達妖にとっては天敵そのものだからなぁ。」
JJはそう言いながら、自分に抱きつく勇利を見て嬉しそうな顔をしていた。
(ガキの頃から手なづけて来たっていうのに、あいつにとっちゃきついよなぁ。)
勇利が記憶喪失になってから、一月が過ぎた。
「いいか、今日は俺とお前の関係を話す。」
「か、関係?」
「お前と俺は、約二十年前に出会い、長い空白期間を経て、再会した・・おい、何で逃げる!?」
「だ、だって、追い掛けて来るから・・」
勇利は恐怖の余り、木の上に登ってしまった。
「降りて来い、ユウリ!話を聞けと言っているだろう!」
「い、嫌だっ!」
勇利は足を滑らせて木から落ちたが、そのまま逃げてしまった。
その日から、勇利とヴィクトルの“追いかけっこ”が始まった。
「まぁた、酷い顔してんなぁ。」
JJはそう言うと、顔に勇利の爪で引っ掻かれた傷があるヴィクトルを見て、ニヤニヤと笑った。
「いい加減諦めろよ、記憶を取り戻すのは至難の業だって、お前にもわかっているんだろう?ま、同族の俺達がユウリの面倒を見てやるから安心しな。あ、それともユウリなしで寝るのは辛いってか?」
「うるさい!」
「で、どうやってユウリの記憶を取り戻すんだ?」
「ユウリの“精神内”に潜る。」
「そ、そんな事、成功すんのか!?前は、成功したけどよぉ・・」
「やってみないと、わからないだろう?」
(自分でも、良くわからないけどね。)
ヴィクトルは、城攻めについて紅牙族の雄達と揉め、城攻めに加わる気がない事を彼に話した。
「あ~あ、誰かさんに冷たくされて、いじけちゃったんだろうな。」
JJはそう言ってヴィクトルにあてつけるかのように、彼の前で勇利とキスをした。
ヴィクトルはJJの頭を壁にぶつけた後、そのまま人気のない湖へと向かった。
「あいつ、こっちの気も知らないで・・」
そんな事を思いながらヴィクトルが独り言を呟いていると、そこへ勇利がやって来た。
「僕の所為で、ごめんなさい・・」
「俺は、昔からこの力の所為で利用されたり、怖がられたりした。それに、沢山失ったものが多い。」
「そ、そう・・」
勇利はそう言ってヴィクトルに背を向けて歩き出そうとした時、誤って凍った湖に落ちてしまった。
「ユウリ!」
―馬鹿、暴れるな、人が助けてやっているのに!
「わぁっ!?」
洞窟の中で目を覚ました勇利は、ヴィクトルと自分が裸である事に気づいた。
「まだ動くな。」
「あの、それ・・」
「お前に引っ掻かれて、毒が少し躰に回って来た。」
「毒?」
「猫族の爪には毒があるんだ。お前との追いかけっこで慣れたが、凍死寸前の躰にはきつい。」
「あの、どうすれば・・」
「中和してくれ。」
「中和?」
「傷口に口をつけるんだ。出来ないなら、いいさ・・」
「やる・・ユウリの所為だから・・」
ヴィクトルは、勇利にキスをして、勇利の”精神内“に潜ろうとしたが、失敗した。
それから、JJはヴィクトルが城攻めに加わる事を知り、驚いた。
「どんな心変わりなんだよ、あいつは?」
「もしかして、ユウリが頼んだのかも。」
湖で助けてくれた日から、勇利はヴィクトルの事が気になってしまった。
そして、城攻めの日が来た。
「じゃぁ、行って来るぜ。」
「留守番なんてつまらないよ、一緒に連れて行ってよ!」
「駄目だ、村で大人しく待ってな。」
JJと樹里がそんな話をしている頃、勇利はヴィクトルと話をしていた。
「それ・・」
「お前の耳飾りだ。なくさないように身につけた。行って来る。」
ヴィクトル達が紅牙の村を発った頃、城では大臣達が南の離宮から帰って来た一人の呪術師を迎えた。
「これはこれは、ユーリ=プリセツキー殿、随分とお早いお帰りで・・」
「城の“気”が乱れてるな。俺に隠し事なんて無駄なんだよ、ばぁか。」
そう言って大臣達の前に現れたのは、金髪に美しい翡翠の瞳をした少年だった。
「これの所為だろ?」
ユーリはそう言うと、城内に残っていた残留思念を呼び出した。
すると、二人の男がユーリの前に現れた。
一人は、紅牙族の雄。
だがもう一人の男は・・
「どうしたの、ユウリ?ヴィクトルの事が、気になる?」
「そんなんじゃないよ・・」
樹里にそう言いながらも、勇利はヴィクトルに会いたくて堪らなかった。
「追い掛けよう、ユウリ!」
「今から?」
「今から追い掛ければ、間に合うよ!」
勇利と樹里はヴィクトル達を追い掛け、彼らと共に城責めに加わった。
「え~、俺行けないの!?」
「もしユウリに何かあったら、お前が唯一の雌候補だ。言っている意味、わかるな?」
「うん・・」
「じゃぁ、行って来る。」
樹里は城へと入って行くJJ達を見送った。
「結界に侵入者・・あいつら、人質を奪いに来た。」
「兵を早く集めよ!」
「心配ねぇよ。俺の結界は誰にも破られねぇし。」
(馬鹿な奴ら、俺の結界から逃れられねぇし。)
ユーリがそう思いながら笑っている頃、ヴィクトル達は迷路の中に居た。
「なぁ、ここおかしくねぇ?」
「そうだな・・」
(何だ・・まるで・・)
ヴィクトルがそう思いながら鏡の中を覗き込むと、突然それに大きなひびが入った。
「うわぁ~!」
「皆、大丈夫か?」
「あぁ・・」
謎の空間に巻き込まれ、ヴィクトル達は謎の黒い霧に包まれた。
JJ達の様子が少しおかしい事に、ヴィクトルは気づいた。
「どうした?」
「シラクチヅル・・猫族だけに効く麻薬よ。」
そう言ったJJ達は、何かに怯えていた。
「どうした?」
「嫌、来ないでっ!」
勇利が突然怯えたので、ヴィクトルは祭文を唱えた。
「飲み込め、少しはマシになる。」
勇利はヴィクトルから渡された護符を飲み込むと、幻覚を視なくなった。
「世話が焼ける連中だ。」
ヴィクトルはそう言うと、ユーリの結界を破った。
「結界が破られた・・」
「な、なんですと!?」
(こいつ、未分化か・・丁度いい。)
「ちょっと、行って来る。」
(僕、どうしてここに?さっきまで、みんなと・・)
「おいお前、そこで何をしている!?」
「白の塔から抜け出して来たな、来い!」
兵士達に連れられて勇利がやって来たのは、人質が監禁されている白い塔だった。
そこには、麻薬で魂を奪われ、涙を流す雌と子供達の姿があった。
(何、ここ・・)
 シラクチヅルの、黒い霧に包まれた勇利は、気を失った。
終わらない悪夢の中で、勇利は涙を流していた。
そんな中、ヴィクトル達は、“白の塔”へと辿り着いた。
「何だ、これ・・」
「ユウリ!」
ヴィクトルは、何を流している勇利の頬を叩いたが、反応は無かった。
(おかしい、まるで、“壁一枚”隔てているかのような・・)
ヴィクトルは、勇利の“精神内”に潜入し、勇利を救い出した。
「ヴィクトル様・・」
「ユウリ?」
(まさか、記憶が戻っ・・)
「お前か、俺の結界を破ったのは?」
そう言ってヴィクトルを睨んだのは、一人の少年だった。
「誰だ、てめぇ?」
「ユーリ=プリセツキー、今はこの城の全権を預かっている。ていうか、人の遊び場にズカズカ入ってくんじゃねーよ。」
「遊び場ぁ?」
「ま、退屈しのぎには良かったぜ。」
「テメェ~!」
少年の言葉に激昂したJJは、少年に向かって妖火を放ったが、彼はすぐさまJJに反撃した。
「ここ、俺の結界内だって忘れてねぇ?」
そう言ったユーリの髪は、赤くなっていた。
「お前、人間じゃ・・」
「人間なんて、こっちを怖がるか利用する事しか知らねぇ、下等動物さ。」
ユーリがJJにそう得意気に話していると、ヴィクトルがユーリを抱き上げた。
(こいつ、俺の結界を、まるで自分のものみたいに・・)
ユーリは、ある事に気づいた。
「お前・・俺と同じ“匂い”がする。」
「ユーリ様、大変です!南の離宮に・・」
「クソが。ここはひとつ貸しだ。」
「お前、妖狐か?妖狐は普通、魔界に棲むと聞くけど?」
「半端なんだよ、半分人間だから。お前と同じでな。」
無事人質達を救出したJJ達は、南の離宮へと向かうユーリの龍を見た。
「あれは・・」
「妖狐族は生まれつき龍と契約できる力を持っている。元々は龍族だったという言い伝えがある。」
「へぇ。」
雌達が戻り、紅牙の村に活気が戻った。
だが―
「いい加減、機嫌直せよ、ユウリ!俺が抱いてやるから、いいだろう!」
「バカ、ユウリはね、ヴィクトルじゃなきゃ駄目なのっ!それ位わかってやれよっ!」
樹里はそう言うと、JJの顔に蹴りを入れた。
「ユウリ、俺だ、開けてくれ。」
「畜生~!」
「ユウリは、ヴィクトルしか見ていないんだからさぁ、諦めろって。」
「でもよぉ~」
「多分、ヴィクトル気づいちゃってるよ、自分の気持ちに。」
「ヴィクトル様、これ・・」
「証だ、専属契約更新の。」
ユウリの事が大好きだって事にね。
唐土から遠く離れた京では、ある男がヴィクトルへの復讐にその胸を滾らせていた。
「う・・」
「僧正、また発作ですか?」
「放っておけ。」
ヴィクトルから呪詛返しを受け、男―オタベックは法力を失った。
(おのれ・・ヴィクトル・・)
「オタベック、法力は戻ったか?」
「いえ・・」
「朕はお主を頼りにしているぞ、オタベック。一刻も早く、法力を取り戻してくれ。」
「はい、主上・・」
オタベックは、そっと額の傷に触れた。
それは、ヴィクトルによってつけられたものだった。
(俺は、あの男を許さない・・あいつが、血の涙を流すその日まで。)
その頃、唐土ではちょっとした騒動が起こっていた。
「はぁ、伴侶になる?お前とユウリが?」
「そうだよ、ナイスカップルだろ!」
「どちらが雄になるの?」
「じゃんけんで決める!」
樹里とユウリの言葉を聞いたJJとヴィクトルは、同時に笑い出した。
「ヴィクトル様、真面目に聞いて・・」
「好きにすれば?でも、俺は男とは寝ないからね。」
「ヴィクトル様~!」

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最終更新日  2024年04月13日 15時21分43秒
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