「お兄様、お帰りなさい。」
シャーロックが溜息を吐きながら紅茶を飲み、スコーンを齧っていると、ダイニングにエリザベスが入って来た。
「ただいま。こんな遅くまで起きていたのか?」
「ええ、お兄様が帰って来るの待っていたのよ。今日は何処に行っていたの?」「ガブリエルの所だよ。」
兄の口から弟の名前が出た途端、エリザベスの表情が急に強張った。
「そうなの・・」
「エリザベスもガブリエルの所にお見舞いに行ったらどうだ?あいつ、姉様に会いたいって言ってたし。」
「わたし、行かないわ。もうすぐ大事な試験があるんだもの。」
「そうか。余り無理しないようにな。」
「わかったわ。お休みなさい、お兄様。」
「おやすみ。」
シャーロックは妹の頬にキスをした。
エリザベスはダイニングを出て部屋に入り、試験勉強を再開した。
だが弟の事ばかり考えていて、勉強に集中できなかった。
生まれつき病弱なガブリエルの看病に両親や兄はかかりきりとなり、いつも自分は幼い頃から蔑ろにされてきた。
誕生日は盛大に祝って貰えるが、家族で過ごすクリスマスや感謝祭の際は両親や兄は弟の病室で一緒に過ごし、自分は広いダイニングでご馳走を食べながら3人の帰りを夜遅くまで待っていた。
エリザベスは両親や兄の愛情を一身に受ける弟が憎かった。
「あなたは五体満足に産まれて、病気や怪我ひとつもせずに育ってくれて良かったわ。神様は何故ガブリエルに意地悪をされたのかしら?」
母はそう言って病弱なガブリエルの身体を嘆いていた。
父は仕事に忙しく、家庭をあまり顧みない仕事人間だったが、ガブリエルのことになると、手術や検査の前には必ず彼に付き添い、彼の病気を治す名医の元を訪れたりした。
兄は時間があったら遠く離れた病院へ弟を見舞いに行き、食卓ではいつも弟の話ばかりしていた。
その中で、エリザベスは孤独な心を抱えながら3人の話に相槌を打ち、耳を傾け、愛想笑いを浮かべながら聞いていた。
いつもガブリエルの事を憎み、恨みながら。
(何故わたしはお父様やお母様、お兄様に愛されないの?ガブリエルばかり、どうして愛されるの?)
エリザベスはベッドに横たわり、声を押し殺して一晩中泣いた。
翌朝、聖良とシャーロックがダイニングに入ると、そこにはエリザベスの姿は見当たらなかった。
「エリザベスさんは?」
「妹は体調が優れないとかで、部屋で朝食を取っております。」
朝食後、聖良はエリザベスの部屋のドアをノックした。
「エリザベスさん、いらっしゃいますか?」
「皇太子様ですの?何かご用かしら?」
「体調が優れないとシャーロックさんから聞いたものですから・・心配になって来てみました。」
「嬉しいわ。あの人達はわたしのことなんか気に懸けやしないから。」
乾いた笑い声とともにドアが開き、エリザベスが聖良を部屋に招き入れた。
部屋の中にはスナック菓子の袋が机の近くに山のように積まれていた。
「あのお菓子は・・」
「寂しくなるとつい食べてしまうの。特に、ガブリエルの検査や手術の前は。」
エリザベスはそう呟くと椅子に腰を下ろし、スナック菓子の袋を開けてポテトチップスを頬張りながら、昨夜中断していた試験勉強を再開した。
聖良は深い孤独を抱えているエリザベスの姿を見て声をかけようかと思ったが、安易に深入りするのは失礼だと思い、声をかけずに部屋から静かに出た。
聖良が部屋を出た後、エリザベスは浴室に入って先ほど食べたポテトチップスを便器の中に全て吐き出し、嗚咽した。
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