「あなたね、主人の不倫相手は?」
吉田稔麿議員の妻・瑠美はそう言って歳三を睨んだ。
「どういうことですか、奥様? 話が全然見えないのですが・・」
「あら、そう。ではこれはどうなのかしら?」
瑠美はバッグの中から離婚届を取り出し、応接テーブルの上に広げた。
「手術が終わったら、離婚すると主人から言われたの。まぁ子どもが居ないから大丈夫だと言ってたけど、まさか男と不倫しているなんてね。」
「不倫も何も・・吉田先生とはほんの数週間前に会ったばかりですし、奥様が考えているような事は一切ありません。」
「そう。では主人に伝えて頂戴、わたくしはあなたと別れるつもりはないと。子どもは外でわたくしが作るから、心配要らないと。」
瑠美は一方的にそう言うと、理事長室から出て行った。
(一体何なんだ、あの女は?)
稔麿から妻とは夫婦仲が冷え切っていること、稔麿に不妊の原因があることは聞いていたが、夫に子種がないからといって、他所の男との間に作った子どもを彼に押し付ける瑠美の神経が解らなかった。
「吉田先生、調子はどうですか?」
「いいよ。それよりも、妻が来ていなかったかい?」
特別室で、稔麿はそう言って歳三を見た。
「ああ。」
「大方、外で子どもを作るから離婚はしないと言いに来たのだろう。世間体があるから愛がなくても離婚しないのさ、彼女は。」
「お前ぇはそれでいいのか? 何処の馬の骨とも知らねぇ子を押しつけられるなんて・・俺には耐えられねぇぜ。」
「わたしもだ。だが瑠美の両親は、妊娠中の娘が離婚して実家に出戻るようになるのが恥だと思っているようだ。わたしの子ではないことは解っている癖に。」
稔麿はそう言って自嘲めいた笑みを口元に浮かべた。
「マダムとは会ったのかい?」
「ああ。あいつ、子ども達を引き取りたいと言ってきやがった。香は俺達が言い争ってるのを見て薄々気づいたみたいだ、俺達の関係を。」
「そうか。マダムと子ども達を会わせないつもりかい?」
「勿論だ。あいつはもう、子ども達の母親じゃねぇんだ。」
歳三はそう言いながら、きっと子ども達も同じ気持ちだと思っていた。
だが―
「ただいま。」
香が帰宅すると、父はまだ帰っていなかった。
リビングに人の気配がして電気を点けると、そこには原稿用紙と睨めっこしている千歳の姿があった。
「千歳、何してんだ、そんな暗いところで?」
「お兄ちゃん・・」
千歳は香の顔を見るなり、大声で泣き出した。
「どうしたんだ、学校で何かあったのか?」
「実はね・・」
来週の授業参観日で、「わたしのお母さん」というタイトルで作文を書いて発表する宿題が出されたのだという。
「その先生、うちに母親が居ないこと知っててそんな宿題出したのか。父さんにこの事、俺から話してみるよ。」
「うん・・」
翌日、香から千歳の事を相談された歳三は、彼女の担任と話し合う為、千歳が通っている小学校へと向かった。
「申し訳ありません、土方さんの事情も知らずに千歳さんを傷つけるような事をしてしまって・・」
「先生、悪気があって宿題を出したつもりではないことは理解しております。ですが、家庭環境が複雑なこの事をもう少し慮って欲しいのです。思春期を迎えた子ども達は、微妙に自分達と違う子の事をいじめたりしますから。」
「申し訳ありませんでした・・」
歳三の言葉に担任は平謝りしていたが、歳三は釈然としていなかった。
結局、授業参観には社会の社会見学発表へと変更されることとなり、歳三は娘がクラスメイト達と発表しているのを見て、思わず頬が弛んだ。
だが、千歳が真実を知ってしまったらどうなるのかと、彼は不安でならなかった。
一方、香帆は勇太郎が幼稚園で怪我をしたと聞き、幼稚園へと向かった。
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Last updated
2012年04月06日 09時09分11秒
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