『仕事中に何処へ行くんだ?』
『今日は早退すると、イ主任からお許しを得ました。なのでこれで失礼致します。』
歳三がそう言ってソンジュの脇を通り過ぎようとすると、彼は歳三の手を掴んだ。
『娘さんが行方不明なのはわかるが、業務に支障がでないようにしてくれ。』
『お言葉ですが、上の空でフロントに立っている俺は邪魔でしかありません。それではこれで失礼致します。』
ソンジュの手を振り払うと、歳三は更衣室へと向かった。
『イ主任、少しお話が。』
フロントデスクでイ主任が業務をしていると、ソンジュが彼に話しかけてきた。
『お話とはなんでしょうか、副支配人?』
『あなたは公私の区別をわきまえられる方だと思ってましたが、今回のことには失望いたしました。部下の私的な事情でその我が儘を通すだなんて・・』
『副支配人、わたしは業務に支障が出ないよう、チョさんに早退を許したのです。あなたはホテルの利益を上げることに躍起になっていますが、利益を上げるばかりではホテル本来のものが失われますよ。』
そう言ってソンジュを見つめるイ主任の目は険しかった。
イ主任は40年間、このホテルに勤めてきたから様々な人間模様をフロントを通して見てきた。
ホテルは元より、仕事は人間が作り上げるものだ。
利益をやたらと追求するソンジュのやり方に、彼は真正面から異を唱えた。
『君、一体何を言っているのか判っているのか?』
『ええ、わかっておりますとも。わたしが今回のことで解雇されるとしたら本望です。』
ソンジュは怒りで顔を赤く染めながら、フロントデスクから去っていった。
その足で彼は、社長室へと向かった。
『社長、宜しいでしょうか?』
『入って。』
社長室のドアを開けてソンジュが入ると、スヨンはパソコンから顔を上げた。
『チョさんの件で、お話したいことがあるのですが。』
『副支配人、あなたはもっと従業員のことを考えないとね。』
そう言ったスヨンの目は、険しかった。
『社長もチョさんの肩を持つんですか?』
『肩を持つ、持たないの前ではなくて、もっと人の気持ちを慮ったらどうなのかと言っているの。あなたは利益ばかり追求するけれど、それだけではホテルは成り立たないのよ。』
『失礼します。』
社長室を後にしたソンジェは、舌打ちしながら廊下を歩いていた。
何故みな歳三の肩を持つのか―ソンジェはエリートの自分ではなく経営も接客も素人の歳三ばかりをイ主任や社長が気に入っているのかが解らなかった。
ソンジェは裕福な家庭で育ち、何不自由ない暮らしを幼少時から送ってきた。
その所為なのか、他人が自分に傅くのは当たり前だと思い、家事や自分の身の回りの世話をしてくれる家政婦や、勉強を教えてくれる家庭教師に感謝の念など抱いたことは一度もなかった。
その傲慢さは成人しても変わらなかった。
『いつか痛い目に遭わせてやる、チェ=ヨンイル・・』
ソンジェは口端を歪めて笑った。
一方調理場では、ミジュが歳三の身を案じていた。
『ねぇミジュ、ヨンイルさんとはどんな関係なの?』
『どんな関係って、ただの大学時代の先輩と後輩よ。』
同僚の詮索に淡々と応じながら、ミジュは作業を進めた。
『本当に?あやしいわねぇ?』
『そこ、何話してる!さっさと仕事しろ!』
料理長に怒鳴られ、同僚は溜息をつきながら自分の持ち場へと戻っていった。
(詮索好きな人は何処にでも居るのね・・)
千尋は病院から帰った後、自室で横になって休んでいた。
そろそろ夕飯の支度をしようかと思っていたとき、玄関の扉が誰かに激しく叩かれた。
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