千尋は起き上がろうとしたが、何故か身体が全く動かない。
『どちら様ですか?』
清子が部屋から出てきて、来客に応対している声が聞こえた。
暫く横になって耳を澄ませていると、突然清子の怒鳴り声と、女性の悲鳴が聞こえた。
千尋が慌てて外に出ると、そこでは清子が女性の髪を掴んで罵倒していた。
『この人でなしが!うちのチェヨンを何処にやった!』
『お祖母さん、一体何があったんです?その人は誰なんですか?』
千尋が清子と女性との間に割って入ろうとしたとき、女性が外へと逃げようとした。
『逃がすもんか!』
鬼のような形相を浮かべながら、清子はそう叫ぶと女性のコートの裾を掴んだ。
数分後、千尋と清子は居間で女性と対峙していた。
『それで、あなたはこの家に何のご用で?』
『実は、うちの娘がお宅のお子さんを誘拐して・・』
女性が口火を切ったとたん、清子は彼女に茶を掛けた。
『お前の盗人の娘は何処に居るんだ、さっさと連れて来い!』
暴れて怒り狂う清子を必死に千尋は押さえながら、女性の話を聞いた。
『それで、娘は・・美輝子は無事なんですか?』
『ええ。さっき娘に連絡を入れたんですが、もうじき来る筈かと・・』
女性がそう言った時、赤ん坊を抱いた若い女性が家に入ってきた。
『ママ・・』
『ヨンス、こっちへいらっしゃい!』
女性は居間から出て、娘に駆け寄ると、彼女は腕に抱いている赤ん坊―千尋の娘・美輝子の寝顔を見つめていた。
『ママ、本当にこの子を返さないといけないの?』
『当たり前でしょう!さぁ、わたしと一緒に謝るのよ!』
『でも・・』
母娘が玄関先で言い争っていると、清子がつかつかと女性の娘・ヨンスに近づくなり、彼女の頬を張った。
『この盗人め、よくもうちの孫娘を奪ったな!』
完全に頭に血が上った清子は、ヨンスの腕から美輝子を奪い取ると、彼女を罵倒した。
『人様の子を奪うなんて、お前は親からどんな教育を受けてきたんだ!いいか、お前をタダではおかないから、覚悟しておけ!』
ヨンスは地面にくずおれると、泣き叫んだ。
『嘘泣きをしても無駄だ。お前達をあたしは許すわけにはいかないからな!わかったらさっさと出て行け!』
『今回のことは大変申し訳ないと思っております。どうか・・』
清子は弁解する母娘に向かって冷水を浴びせ、家から追い出した。
『チヒロ、あんたの娘が戻ってきたよ。』
清子の腕に抱かれた美輝子を見た千尋は、娘が無事であることを確かめると涙を流した。
『歳三さんに連絡してきます。』
美輝子を抱きながら子ども部屋に入った千尋は歳三の携帯にかけたが、なかなか繋がらなかった。
(どうしたんだろう・・)
一方、歳三は夜勤が回ってきて、一日中フロントデスクに立っていた所為なのか、足が疲れてきたので一旦休憩を取ることにした。
「もしもし、千尋?」
『歳三さん、美輝子が帰ってきたよ。』
「それ、本当か?」
『うん。今忙しいから帰ってくるのは無理やと思うけど、報告だけしとくね。』
「わかった、ありがとう。」
歳三が携帯をポケットに入れると、ミジュが休憩室に入ってきた。
「どうしたんですか、先輩?嬉しそうですね?」
「ああ。美輝子が帰ってきたんだよ。元気だそうだ。」
「良かったですね。」
「良かったよ、本当に。さっさと仕事を終わらせて家に帰るとするか。」
歳三がそう言いながらフロントデスクへと戻ると、一人の女性客がホテルに入ってきた。
『いらっしゃいませ。』
『あなたが、チェ=ヨンイルさん?』
女性はそう言うと、ゆっくりとブランド物のサングラスを取った。
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