何度かのコール音の後、歳三は通話ボタンを押した。
『何の用だ?』
『君の奥さんを勝手に連れ出したことは悪く思っているよ。』
『てめぇ、ふざけんな!』
歳三が突然廊下で叫んだので、待合室で待っていた患者やその家族がじろじろと訝しげに彼を見ながら通り過ぎていった。
彼は人気のない中庭へと向かうと、若干低い声で再びソンジュと話し始めた。
『千尋に何をした?』
『君の不倫に関することを、彼女に話そうと思っただけだ。』
『俺は不倫なんかしてねぇよ。』
『そうかな?じゃぁあのキム=ソンヒが働いているクラブで、今夜8時に会おう。』
『ああ、わかったよ。』
歳三が携帯の通話ボタンを押して上着のポケットに入れて病院の中へと戻ると、途中で彼は誰かとぶつかった。
『あ、すいません!お怪我ありませんか?』
『いいえ。ではこれで。』
歳三はそう言ってぶつかった女性に頭を下げると、千尋の病室へと戻っていった。
『きれいな人だったなぁ・・』
一人取り残された女性は、歳三の背中を見つめながらしばらくそこに突っ立っていた。
その時、バッグの中に入っていた彼女の携帯がけたたましく鳴った。
『もしもし・・』
『ユジン、あんた病院に居るの?』
『居るわよ。』
『早く彼に会って来なさい!』
『わかったわよ、うるさいな!』
そう言った女性は、母親からの着信を切ると、携帯の電源を切ってバッグの中へと入れた。
彼女―ユジンがここに来たのは、数日前に仲違いした恋人・ソジュンと仲直りしろと母親にうるさくせっつかれたからだった。
ソジュンとユジンの母親は、結婚適齢期となっても誰とも交際しない娘と息子の現状に嘆き、見合いを無理やりさせて彼らを引き合わせたのだった。
だがユジンは優柔不断で浮気者のソジュンが嫌いで、彼との結婚など考えられなかった。
しかし、ユジンの父親で、ハンガングループの会長であるセジョンがソジュンを気に入っている為、彼と結婚せざる終えない状況に陥っている。
(もう、帰ろうかな・・)
ユジンはソジュンの姿を探すのを諦めて病院から出て行こうとしたとき、彼が一人の女性と仲睦まじい様子で歩いている姿を目撃してしまった。
彼女はすぐ傍にあった自販機の陰に隠れ、二人の会話に聞き耳を立てていた。
『ねぇ、あの子とはいつ別れるの?』
『もうすぐだから待ってよ。』
『そればかりね。そんなこと言ってたら、お腹が大きくなってしまうわ。』
女性はそう言うと、愛おしそうに下腹部を擦った。
それを見たユジンは、ショックを受けた。
彼は自分以外の女性を妊娠させ、まんまと自分と結婚するつもりでいたのだ!
『この人間の屑!』
自然とユジンは身体が動き、幼い頃習っていたボクシングを思い出し、ソジュンのふざけた面に強烈なカウンターパンチを食らわせてやった。
『あんたなんか最低!』
ユジンは彼らに涙を見せぬよう、さっと彼らに背を向けて病院から出て行った。
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