ソウルから帰ってから、歳三達にはいつもの日常が待っていた。
千尋は自分を誹謗中傷する連中から次第に距離を置き始め、毎日届く嫌がらせのメールや手紙、コメントを無視して毅然とした態度を取っていた。
その結果、彼女に対する嫌がらせは減ってゆき、スーパーで彼女の陰口を叩いていた主婦達が普通に彼女に対して挨拶するようになっていた。
「へぇ、よかったじゃねぇか。」
「こっちが無視してれば、相手は飽きるんよ。ねぇ、最近うち働こうと思うんやけど。」
「働くって、そりゃどうしてだ?」
「家庭を守るのは大切やけど、家に四六時中居ると息が詰まるんよ。それに子供たちもあまり手がかからなくなったし・・」
「わかった。お前ぇの好きにしろ。」
「ありがとう、歳兄ちゃん!」
千尋はそう言うと歳三に抱きついた。
歳三からパートを許された千尋は、早速近所のファミレスでパートを始めた。
「いらっしゃいませ!」
中洲でホステスとして働いていた千尋は、接客業が好きだったので、入ってから数日の内にすべての仕事を覚えた。
「土方さん、凄いわねぇ。」
「いえ、前にこういうバイトしてたんで・・」
「そう。だから飲み込みが早いのねぇ。まぁあたし、これが初めてのバイトなのよぉ。」
土方家が住んでいる団地の反対側にある住宅街の中に住んでいるナカジマさんと、千尋は親しくなった。
「しょうがないですよ、みんながみんな、ベテランじゃないですし。」
「それもそうよねぇ。子供の学費の為にも働かなくちゃって思ってねぇ。でも立ち仕事って腰にこない?」
「ええ。来ますねぇ。」
千尋がナカジマさんと喋っていると、チーフスタッフのサイタさんが彼女たちを睨みつけた。
「ちょっとそこ、喋ってないで4番テーブル片付けてよ!」
「わかりました。」
夕飯の時間帯となると徐々に客が増えてゆき、千尋達はバタバタとホールを走り回った。
「あ~、疲れた。」
「お疲れ様です。」
従業員控え室で私服に着替えた千尋は、そう言ってストレッチをしているナカジマさんに声をかけると、一足先に店から出て行った。
自転車に跨って店から団地へと向かっている途中、娘達が遊ぶ公園の前を通りかかると、近くのベンチにぽつんと誰かが座っているのが見えた。
誰だろうと千尋は思いながら横目でちらりとベンチに座っている人物を見ると、それは愛美だった。
(愛美さんが、どうしてここに?)
彼女にいろいろと嫌がらせされたことを突然思い出し、千尋は彼女に気づかれないようにペダルを踏んで団地へと急いだ。
「ただいま~」
「お帰り。大丈夫か?」
「もう疲れてクタクタ。ご飯は?」
「俺が作ったよ。久しぶりに外で働いたご感想は?」
「まあ悪くなかね。中洲の高級クラブよりはいいもん。」
「そうか。そういえば、明日だったけ、薫達の授業参観。」
「どうする?都合つく?」
「大丈夫だ。」
歳三がそういいながら缶ビールのプルタブを引っ張っていると、携帯がけたたましく鳴った。
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