「ユリシラ=エーネント?何処の方でしょうか?」
青年から渡された名刺の名を読み上げたアベルがそう言って首を傾げると、青年は少しムッとしたような顔をして次の言葉を継いだ。
「エーネント家は昔ながらの貴族ではありませんから。」
「そうですか、これは失礼いたしました。」
「いいえ、気にしておりませんから。」
そういいながらも、青年はアベルを睨みつけたままだった。
「それで、わたしに何の御用でしょうか?」
「いえ、お噂の司教様のお姿を、一目見ておきたいなと思いまして。それでは。」
青年はそう言うと、アベルの前から颯爽と去っていった。
「何でしょうね、あの方。司教様に向かって無礼な・・」
「放っておきなさい。それよりも後のことは宜しく頼みますよ。わたしは忙しいので。」
「承知いたしました。」
司祭と途中で別れ、アベルは宮殿を出て大聖堂へと戻った。
「司教様、お久しぶりです。」
「リュシエル、久しぶりだね。元気にしていたかい?」
アベルは救護院でボランティアをしている青年に声を掛けられ、そう言って彼に微笑んだ。
「ええ。疫病が治まってよかったです。ですが、皇妃様がお亡くなりになられたことは残念でなりません。あのお方は、本当に素晴らしいお方でしたのに。」
青年がそう嘆息すると、アベルは静かに頷いた。
亡き皇妃は、国民達の医療福祉の充実のために色々と力を尽くしてくれた。
だがその皇妃が亡くなった今、彼女が担当する事業がどうなるのかわからない。
「陛下は皇妃様のご遺志を継がれて、民のために力を尽くしてくださることを祈っておりますよ。」
「そうですよね。まさかいきなり廃止なんてことはないでしょう・・」
「ええ。慎重派の陛下ですから、そのような暴挙に出られることはないでしょう。」
大聖堂へと戻る道すがら、アベルは青年と話しながら今後のことについて考えていた。
皇妃中心で行われている福祉事業は12事業あり、その中の8事業は国の援助を受けてはいるものの、財政状況は芳しくない。
しかし疫病の影響の所為で国庫は破綻寸前である。
「では、わたしはこれで。」
「ええ。」
青年と別れ、アベルは大聖堂の中へと入った。
「お父様!」
信徒席を中ほどまで進むと、アベルの養女・璃音がアベルに駆け寄ってきた。
「璃音、元気そうだね。」
すっかり貴族の令嬢特有の優雅な雰囲気を纏った璃音は、公共の場であるにも関わらずアベルに抱きついた。
「離れなさい、璃音。わたしはお前の娘だが、ここでは・・」
「わかりました。それよりもお父様、これから忙しくなるのですか?」
「ああ。皇妃様がお亡くなりになられたからね。」
「確か、今の陛下との間にはお子様はいらっしゃらないのでしょう?そしたら、陛下がお亡くなりになられたら誰が次の王となられるのかしら?」
璃音の鋭い指摘に、アベルは唸った。
今ダブリス王家の直系の血をひいている者は、ルディガー以外ユーリしかいない。
孤島に幽閉されていたユーリを、今更何故ルディガーがリヒトに呼び戻したのかーその理由を探りながら、アベルはミサの準備をしていた。
「ユーリ様、陛下がお呼びです。」
「わかった。」
ユーリが謁見の間に入ると、そこには左右に重臣達が居並んでいた。
「兄上、どうしたのですか?」
「ユーリ、そなたに大事な話がある。」
「大事な話?」
「エリンシスト、例のものを。」
「はっ!」
ルディガーの傍に控えていた重臣の一人が、彼に長方形の箱をユーリに渡した。
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