ユーリが王位に即位してから、彼女は息を吐く暇がなかった。
疫病によって財政状況が苦しくなり、その所為で亡き皇妃が携わっていた福祉事業を凍結せざるおえなくなってしまった。
「ユーリ様、国の為とはいえ、すべての福祉事業を凍結なさるとは、さぞや心苦しいことでしょう。」
「ああ。せめて現在進行している事業だけでも残しておきたかったが・・それよりも経済の建て直しの方が重要だからな。」
紅茶を飲みながら、ユーリはそう言ってアベルを見た。
宮廷内で強い発言権はないものの、司教となってからアベルはユーリの良き相談役となっていた。
「それは皆様もよくわかっておられるでしょう。」
「そうか・・そうであればいいが。」
ユーリはそう言って溜息を吐くと、アベルを見た。
理知を湛えた緑の瞳を自分に向けながら、彼は静かにこう呟いた。
「何だか、昔のことが思い出されますね。」
「そうだな。まだあの頃のわたしは理想に燃えていた。しかし、今は現実に圧されて思うようにならない。」
ユーリは再び溜息を吐くと、紅茶を飲んだ。
「そう急くことではありません。焦らないでください。」
「ありがとう、アベル。」
ユーリはそう言うと、そっとアベルの手を握った。
「陛下、今しがた汽車が駅に着いたとの知らせが。」
「そうか。」
ユーリは弾けるような笑顔を浮かべると、椅子から立ち上がった。
「どちらへ?」
「夫と子どもを迎えに行く。」
「お気をつけて。」
「では、行ってくる。」
匡惟は、隣で寝ているわが子を揺り起こした。
「起きなさい、もう着いたよ。」
「やっとお母様に会えるね!」
「ああ。」
匡惟は、もうユーリは自分たちのことを忘れてしまっているのではないのかという不安に襲われた。
国王となったユーリは多忙を極め、息をつく暇がないという。
そんな中で、彼女が自分達をおぼえているのかどうかー匡惟はそう思いながら、汽車から降りた。
「お母様だ!」
それまで俯いていた匡惟は、わが子の声でゆっくりと顔を上げた。
するとそこには、雑踏の中で自分に手を振るユーリの姿があった。
「ユーリ!」
「お帰りなさい、あなた。」
匡惟は、久しぶりに妻と抱擁を交わした。
「もう、わたし達のことを忘れてしまったのかと思っていた・・」
「そんなことはない。ずっと会いたかった・・」
「お母様、会いたかったよ!」
自分に似た紅の瞳を涙で潤ませながら、麗欖(れいらん)がユーリに抱きついた。
「出来れば、娘にも会わせたかった・・家族四人で、共に暮らしたかった・・」
匡惟の言葉に、ユーリは静かに頷いた。
「行こう。ここは冷える。」
「そうですね。」
「お母様、これからはずっと一緒に暮らせるの?」
「ああ、ずっとお前達と一緒に暮らせるよ。」
「そう。じゃぁ天国のお姉様も喜んでくださっているよね?」
「ああ。いつも天国からみんなを見守ってくれていると思うよ・・」
ユーリは泣きそうになるのを堪えながら、娘の手を握った。
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