「先生、どうしたんですか?あんまり飲んでいませんねぇ?」
香の身を案じている歳三の前に、突然ビールグラスが突き出された。
不機嫌さを隠さずにジロリと彼が相手を睨むと、そこには内科の看護師・上村栄子だった。
「すまねぇが、俺は下戸でな。」
「そうなんですかぁ、残念!」
看護学校を卒業して誠心会病院に勤務して2年目を迎えた彼女は、大のミーハー好きで、歳三が独身だと知り猛烈にアタックしてきていた。
今夜の彼女は胸元を露にしたパーティードレスを纏い、自分のセクシーポイントであるGカップの巨乳を見せ付けるかのように歳三に近寄ってきた。
「さてと、俺はもう帰るか。」
「え~、帰っちゃうんですかぁ。」
唇を尖らせて拗ねる栄子を見て、歳三は愛らしさよりも嫌悪感を抱いた。
「栄子、ここにいたのか。」
「優ちゃん!」
宝石のような輝く白い歯を煌かせながら、一人の青年医師が栄子に近づいてきた。
彼は小児外科の西村優吾といって、甘いマスクを漂わせ、まるで童話に出てくる王子のようなチャーミングな笑顔を浮かべているが、彼の歯が全てインプラントであることを、歳三は密かに小児外科の看護師から聞いた。
「あ、外科部長じゃありませんか?向こうで一杯、飲みません?」
「優ちゃん、土方先生は下戸なんだって。だからあたしと飲もう!」
先ほどまで自分に気を惹かせようと必死になっていたくせに、歳三がそれになびかないとなると、栄子は優吾に標的を変え、彼にしなだれかかった。
「わかった。じゃぁ、行こうか。」
さり気無く栄子の腰に手を回す振りをしながら、優吾は彼女の尻をそっと撫でると、彼女と共にパーティー会場から出て行った。
(ったく、したたかな女だぜ。)
女という生き物は、強かでずる賢いものなのかもしれない。
歳三がそう思ったのは、悪夢のような結婚生活から得た経験からであった。
まるでつかみどころがない闇のようなものを持っている千尋。
そんな彼女の魔性に惹きつけられていく男達。
千尋と離婚してから、歳三は再婚する気が全く起きなかった。
寧ろ、独身の方が気楽でよかった。
さっさとパーティー会場から出て行った歳三は、フロントへと向かうためにエレベーターへと乗り込んだ。
フロントがある1階のボタンを押すと、途中のレストランフロアとなっている6階で、一組のカップルが入ってきた。
男の方はホスト崩れの高そうなスーツを着ており、女の方は一点物だろうか、高級そうな振袖を着ていた。
エレベーターがフロントへと降りてゆく間、カップルは一言も話さなかった。
気まずい空気を感じながら、歳三が溜息をついていると、女の方が突然男の腕を振りほどいて歳三に抱きついてきた。
「おい、何だてめぇ!?」
「父さん、俺だよ、俺。」
耳元でそう囁いた女の顔を見ると、それは確かに息子の香だった。
「お前ぇ、何でこんなところに居るんだよ?」
「それは後ろのあいつに聞いてよ。」
「あれ?このおっさん、知り合いなの?」
「知り合いも何も、俺の息子にこんなふざけた格好させやがってどういうつもりだ!?」
歳三がカッとなって男の胸倉を掴むと、彼は情けない悲鳴を上げた。
「いやぁ~、何処から話せばいいのかわからないんですが・・」
数分後、ホテルのティーラウンジで歳三と香と向かい合わせに座った男は、頭をぼりぼりと掻きながら、事情を話し始めた。
「親が結婚しろってうるさいから、こいつを女装させて婚約者として連れて行ったんですよ、見合い場所のレストランに。親父は怒鳴るわ、お袋は泣くわ、先方の娘さんは泣き叫んで過呼吸の発作を起こすわ・・もうカオスでしたよ。」
「父さん、こいつに突然声掛けられて変なところに連れてかれたんだよ!」
「お前、歯ぁ食い縛れ。」
歳三はそう言うと、拳を鳴らした。
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Last updated
2012年11月26日 13時26分27秒
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