「ねぇ、どうなの?」
「また、連絡する・・」
一度は別れたつもりだったが、再び歳三は香帆と付き合い始めた。
二人は“友人に会う”という名目で、密会を重ねていった。
「お父さん、また香帆さんと会ってるの?」
「ああ。」
「香帆さんと駆け落ちでもするつもり?俺と千歳はどうなるの?」
「・・すまない。」
ある日の朝、それだけ言うと歳三はスーツケースを引いて玄関から出て行った。
「父さんだけは、違うと思ったのに・・」
絶望に包まれながら、香は溜息を吐いた。
妹に何と説明すればいいのだろう。
約束の時間に、香帆は来た。
「じゃぁ、行くか。」
「ええ・・」
「携帯は変えないとな。俺はもう変えた。」
「わたしも・・もう、何もかも捨ててきた。」
「じゃぁ、行こうか。」
二人が立っているホームに、特急列車が滑り込んできた。
特急列車が動き始めたとき、二人の姿はそこにはなかった。
「ねぇ、パパはどこなの?」
「もうパパのことは忘れろ。」
歳三と香帆が一緒に姿を眩ました後、香と千歳は歳三の姉・のぶの元に身を寄せた。
「全く、歳は一体何をしているんだか・・」
台所で夕飯の支度をしながらのぶがそう呟くと、隣で彼女を手伝っていた香は、溜息を吐いた。
「もう、あの二人のことは諦めたよ。」
「香ちゃん・・」
歳三と香帆の行方は、ようとして知れなかった。
二人が姿を消してから一年半もの歳月が過ぎた。
二人の行方は、依然としてわからないままだ。
それでも香はよかった。
香にとって歳三は良い父親だったー香帆と駆け落ちするまでは。
二人がー特に香帆が歳三に想いを寄せていたことは、のぶから聞いて知っていた。
母親と離婚し、既婚者であるにもかかわらず、香帆は歳三との関係に溺れた。
そして夫と子ども達、大切な家族を失った。
帰る家、居場所さえも失った彼らは、案外すぐ近くに居るのかもしれないー
「いらっしゃいませ~」
大学進学資金を溜める為に、香はファストフード店でアルバイトを始めた。
はじめは慣れない仕事ばかりできつかったが、何度も繰り返せば慣れてきた。
高校の学費は叔母が卒業まで出してくれるが、これ以上彼女に甘えていられない。
昼食時には主婦や学生達のグループで混む店内も、深夜には殆ど客足が少ない。
繁華街の近くに面しているからか、この時間帯に来るのはホストやホステスが多かった。
華やかなドレスに包み、片手で携帯を弄りながらポテトを頬張る窓際の席に座るホステスは、どこか疲れているような顔をしていた。
一般事務職のOLとは桁違いの月給を稼ぐといわれるホステスだが、それはあくまでも売れっ子の場合だけだ。
一見華やかに見えていても、中を覗けばノルマや酒代・ドレス代だけで給料は消えてゆくという、過酷でシビアな職業だ。
香はホステスの疲弊しきった表情をちらりと見ながら、一人のホステスが店に入ってくるのを見た。
「いらっしゃいませ~!」
満面の笑顔を浮かべながらレジカウンターで彼女を迎えた香は、そのホステスが香帆だということに気づいた。
「すいません、サラダセットください。」
「かしこまりました、640円になります。」
「それじゃぁ、これ・・」
おそらく客に買って貰ったであろう、高級ブランドの新作財布から香帆が取り出したのは、しわくちゃの千円札だった。
[完]
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Last updated
2012年11月26日 13時35分36秒
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