「彗はまだ京都から帰ってこんのか?」
「そのようです。」
「“そのようです”だと?実の息子に向かって、何て他人行儀な言い方だ!」
東京・田園調布にある鈴久家のダイニングルームで、高生はそう声を張り上げると高史を睨んだ。
「お前は自分の息子が可愛くないのか?」
「もうあの子は僕の手には負えません。」
「お前はいつから、そんな薄情な奴になったんだ!」
「僕がこうなったのは、香奈枝の所為ですよ。もう出ないと会議の時間に遅れますので、失礼。」
「待て高史、まだ話は終わっておらんぞ!」
背後で父の怒声を聞きながら、高史は玄関を出て待機していたリムジンの中へと滑りこんだ。
「今日は渋滞に嵌りたくないから、急いで会社へ向かってくれ。」
「かしこまりました。」
運転手はそう言うと、邸内路から外へと出て行った。
「社長、おはようございます!」
「おはようございます!」
リムジンから降り、会社の中へと入った高史に、数人の社員達がそう挨拶して次々と頭を下げた。
「社長、いつ見ても格好いいわね。」
「既婚者なのが惜しいわぁ。」
「そうよねぇ。」
女子社員達は口々にそう言いながら、溜息を吐いた。
「社長、おはようございます。」
「おはよう、氷室君。」
高史が社長室の椅子に腰を下ろすと、彼の第一秘書である氷室宗助が社長室に入って来た。
「今夜は赤坂の料亭で峰岸先生と会食のお約束が入っております。」
「わかった。何時だ?」
「7時です。社長、今度の選挙には出馬なさるおつもりですか?」
「さぁね。僕は政治に興味はないし、二世議員って言われるのは嫌なんだ。」
「そうですか。まぁ、お父様はまだ御健在でいらっしゃいますし・・」
「さてと、今日も忙しいな。」
昼休み、高史が社長室で仕事をしていると、彼のスマホが鳴った。
「もしもし。」
『あなた、淳史が大変なの!あの子が、車に撥ねられて・・』
「何だと!淳史は・・あの子は大丈夫なのか?」
『あなた、病院に来て下さらない?』
「わかった、今すぐ行く!」
高史は社長室から飛び出すと、扉が閉まろうとしていたエレベーターに乗り込んだ。
「すぐに車を出してくれ!息子が事故に遭って病院に運ばれたんだ!」
「はい、わかりました!」
数分後、高史が息を切らしながら淳史が搬送された病院へと向かうと、そこにはハンカチを握りしめた結子が手術室の前に立っていた。
「あなた・・」
「あの子は無事なのか?」
「ええ・・救急車でこの病院に運ばれた時には、まだ意識はあったわ・・けど、あの子がどうなるのかわからないの・・」
結子はそう言うと、嗚咽を漏らした。
「あなた、ごめんなさい、わたしがついていながら・・」
「お前が悪いわけじゃない、悪いのは淳史を撥ねた車の運転手だ。あの子はきっと大丈夫だ。」
目の前で我が子が車に撥ねられ、半狂乱となっている結子の背中を何度も擦りながら、高史は淳史の無事を祈った。
(淳史、まだ死なないでくれ・・僕には、お前しか居ないんだ!)
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Last updated
2013.09.26 21:41:14
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