1916(大正5)年12月。
千尋は4ヶ月ぶりに、歳三の実家へと来ていた。
「千尋ちゃん、良くきてくれたわね。」
「ごめんね、忙しいのに。」
「いいえ・・」
あの姦しい女性達は、千尋に対して不躾な質問をぶつけてこなかった。
どうやら、喜六や為次郎達、そして彼女の夫たちが彼女達をきつく締めあげたようであった。
「千尋さん、良く来たね。」
「ご無沙汰しております、為次郎お義兄様。」
「歳は相変わらず仕事で忙しいのかい?」
「ええ。師走に入ってからは、連日職場に泊まり込んで、家には殆ど帰ってきておりません。」
「全く、親の法事にも顔を出さないなんて、親不孝な弟を持ったもんだ。」
為次郎はそう言って溜息を吐きながら、千尋が淹れた茶を飲んだ。
彼は盲人だが、三味線の師匠として生計を立てていた。
「千尋さん、今日は朝から立ちっぱなしで疲れただろう?何かお腹に入れておくといい。」
「わかりました。」
千尋はそう言って為次郎に頭を下げて台所へと向かうと、そこには赤子を背負っている育実(いくみ)の姿があった。
「千尋さん、お久しぶりです。」
「育実さん、お久しぶりね。お元気そうで何よりだわ。」
「四人も子どもを抱えていたら、寝込む暇もありません。ご飯、さきほど炊けましたから、どうぞ。」
「ありがとう、頂くわ。」
千尋はそう言って炊きたてのご飯を櫃(ひつ)から取り出し、食欲をそそる筈の匂いと湯気が立ち込めた瞬間、彼女は突然吐き気に襲われて両手を口で覆い、流しへと向かった。
「大丈夫ですか、千尋さん?」
「ええ。最近、吐き気やめまいがしたりして・・風邪かしら?」
「千尋さん、月のものはありましたか?」
「そういえば、今月もなかったわ。まさか・・」
「おめでたですね、おめでとうございます。」
体調を崩して寝込んでいたのは風邪の所為ではなく、妊娠の所為だと気づいた千尋は、嬉しさの余り涙を流した。
(漸く、歳三さんの子を産める・・母親になれるのね、わたくし。)
まだ膨らみが目立たぬ下腹をそっと千尋が撫でていると、突然勝手口から出刃庖丁(でばほうちょう)を持った男が台所に乱入してきた。
「育実、家に居ないと思ったらこんな所に居やがったのか!」
「あんた、帰って頂戴!」
「穀潰しの女ばかりを産みやがって、この役立たずが!」
育実の夫が出刃庖丁を振り翳しながら彼女の方へと突進した時、咄嗟に千尋が彼女の前に立った。
「おやめください!」
「退け、女!」
男に殴られ、千尋は流しの角に強く腹を打ちつけた。
内股から粘(ねば)ついた血が流れ落ちるのを感じ、彼女はそのまま気を失った。
「千尋、大丈夫か?」
「旦那様、申し訳ありません。」
「謝るな・・」
その日、千尋は漸く授かった歳三の子を流産した。
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