「内藤さん、わたしもあなたに話したいことがあるんです。」
「話、ですか?」
「ええ。単刀直入に申し上げますが・・眞琴さんをわたしの娘にしていただけないでしょうか?」
「それは、どういう意味ですか?」
「わたしが長谷川流の家元を継いでもう十年余りになりますが、残念ながらわたしは幼い頃に罹った病が原因で、子が出来ぬ身体となってしまったのです。」
「そうですか・・」
「眞琴さんは、今までわたしが教えた生徒の中で、優秀な子です。それに、人を見る目もあります。あの子になら、長谷川流を任せられます。」
「今夜、娘に話してみます。」
「ありがとうございます、では宜しくお願い致します。」
光顕は歳三に向かって頭を下げると、そのまま茶室から出て行った。
「まぁ、先生がわたくしにそんな話を?」
その日の夜、歳三は眞琴を自分の部屋に呼び出し、光顕が自分の跡を眞琴に継がせたがっていることを彼女に話した。
「お前ぇはどうしたいんだ、眞琴?嫌なら断ってもいいんだぞ?」
「わたくしは、三つの頃から光顕先生の下で箏を習ってきました。箏を習う内に、その道を極めるのも良いのではないかと、最近思っているのです・・」
眞琴はそう言うと、姿勢を正して歳三の前に座った。
「お父様、わたくしは長谷川先生の養女になります。長谷川先生の養女となり、先生が守ってこられた長谷川流の跡を継ぎたいと思っております。」
「そうか、お前ぇがそう言うのなら、俺は何も反対しねぇよ。もし今ここに千尋が居たら、あいつも反対しねぇだろう。」
「ありがとうございます、お父様。」
「眞琴、光顕先生に失礼のないようにな。」
「わかりました。」
こうして、眞琴は長谷川光顕の養女となった。
「眞琴先生、お客様がお見えです。」
「わかりました、今行きます。」
光顕の養女となって数ヶ月が過ぎ、長谷川姓となった眞琴は、彼とともに暮らしながら、筝曲教室の講師も務めていた。
「お待たせいたしました、長谷川眞琴と申します。」
「君が土方君の娘さんだね?」
「失礼ですが、あなた様は・・」
「ああ、これは失敬。僕は君のお父さんの古い友人で、大鳥圭介というんだ。」
「お父様のご友人が、わたくしに何かご用ですか?」
「用ってほどでもないけれど・・上がってもいいかな?」
「ええ、どうぞ。客間までご案内致します。」
数分後、長谷川家の客間に入った大鳥は座布団の上に眞琴と向かい合って座ると、一枚の釣書を彼女の前に置いた。
「これは?」
「実は君に、縁談を持って来たんだ。」
「まぁ、わたくしにですか・・ですが大鳥様、わたくしはまだ修行中の身です。結婚などまだ先のことで・・」
「眞琴、そうつれなく言うものではないよ。大鳥さんのお話だけでも聞いておやりなさい。」
「お義父(とう)様・・」
客間に入ってきた光顕はそう娘を諌めると、彼女の隣に腰を下ろした。
「眞琴のお相手は、どなたなのですか、大鳥様?」
「明治政府高官のご子息で、高田敏明様とおっしゃる方だ。現在英国留学中で、日本に帰国次第君と一度お会いしたいとおっしゃっているんだが・・」
「ですがわたくしは・・」
「眞琴、一度だけでも会ってみなさい。」
「わかりました。」
大鳥が眞琴に縁談を持って来てから一週間後、眞琴は縁談相手の高田敏明と、横浜のホテルで会う事になった。
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