イラスト素材提供:White Board様
「神崎さん、わたくしに何かご用かしら?」
「いいえ・・」
詩織は千尋の言葉にそう返すと、少しバツの悪そうな顔をして食堂から出て行ってしまった。
「どうした?」
「いえ、何でもありませんわ。」
夕食を終えた千尋は、歳三と談話室のソファに座りながら、今後のことを話し合っていた。
「歳三様は、これからどうなさるのですか?」
「そうだなぁ、甲府に一度戻ろうかと思っているんだ。」
「まぁ、そうですか・・暫くまた会えなくなりますね。」
「ああ。」
歳三はそう言うと、そっと千尋の手を握った。
「そんなに寂しがらなくても、また東京には来るつもりだ。」
「お待ちしております。」
翌朝、歳三は千尋に見送られながら、女学校を後にして甲府へと戻っていった。
「あら、土方さんのご主人はどちらへ?」
「主人なら、もう甲府に戻りましたわ。」
「そう、残念ね。」
一時間目の授業が始まる前、そう言って歳三が甲府に帰ったことを知って残念がる詩織の姿を見て、千尋は彼女の父親が歳三のことを警察に密告したのではないのかと疑い始めていた。
“新選組の土方といえば、官軍側だった薩摩・長州にとっては憎むべき敵だ。”
大鳥の言葉が、千尋の脳裏に浮かんでは消えていった。
彼の言葉がもし真実だとしたら、一体誰が警察に歳三のことを密告したのだろうか。
たとえ密告したとしても、一体何の目的の為に密告したのか・・
「千尋様!」
香織に呼ばれてふと我に返った千尋は、待ち針を指に突き刺してしまった。
「千尋様、大丈夫?」
「ええ。ついうっかりしてしまって・・」
「最近千尋様何処かおかしいわ。」
「そうね・・気を付けないと。」
千尋は待ち針で刺した指先の血を吸うと、そのまま針仕事を続けた。
「ねぇ千尋様、最近ぼうっとすることが多いわよね?何か気になっていることでもあるの?」
「ええ、少しね・・」
「それ、ご主人の肌着?」
「ええ。最近暑くなっているから、まとめて肌着を作って甲府の主人に送ってやりたいの。」
「本当に、ご主人と仲がいいのね。」
数日後、歳三から手紙が届いた。
“千尋、元気にしているか?俺は、甲府に戻って教室で子供達に読み書きを教えている。肌着を送ってくれてありがとう。大切にするよ 歳三より”
甲府で歳三が元気にしていることを知り、千尋は安堵の溜息を吐いた後ベッドに入って床に就いた。
翌朝、千尋がベッドの中で微睡(まどろ)んでいると、突然廊下が騒がしくなった。
(一体何の騒ぎかしら?)
「千尋様、大変よ!」
「香織様、一体何があったの?」
千尋がそう言ってドアを開けると、香織の背後には玲子の兄・直道が立っていた。
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