「横取りしたって・・」
「あら失礼、正確に言えば寝取られたというべきかしら?」
そう言って自分に微笑んだルシウスの母・エカテリーナの笑顔には悪意が潜んでいた。
「わたくしは、アレクセイ様とは親同士が決めた許婚だったの。わたくしが成人した暁には、いずれ彼と結婚して幸せな家庭を築くつもりだった・・それなのに、わたくしの夢を、あなたの母親が壊したのよ。」
エカテリーナは、悪意と憎悪に満ちた目で千尋を睨んだ。
「あなたの母親とアレクセイ様との結婚が決まった時、わたくしはお腹にアレクセイ様の子を身籠っていたの。妊娠にわたくしが気づいた時には、もう堕胎できない時期に来ていたわ。」
千尋はエカテリーナが自分に向ける憎悪と悪意の視線を浴びながら、彼女の話を聞いた。
「未婚のままルシウスを産んだわたくしは、あの子の幸せを祈ってアレクセイ様の元にあの子を預けたわ。それなのに、あの子は親殺しの汚名を着せられ、牢獄に入れられたのよ!」
エカテリーナの白魚のような手が、千尋の首へと伸びてくる。
「あなたさえいなければ、ルシウスは幸せになれたのに!」
「やめてください。」
千尋は苦しく喘ぎながら、自分の首を縛めているエカテリーナの両手を退かそうとしたが、それはビクともしなかった。
「そこで何をしている!」
「わたくしを止めないでくださいませ!」
東屋でエカテリーナが千尋の首を絞めているのを目撃したクリスチャンは、腰に帯びているサーベルを鞘ごと抜くと、それを彼女の後頭部に叩きつけた。
エカテリーナは軽く悲鳴を上げ、その場で気絶した。
「大丈夫か、セン?」
「はい・・この人から、わたしの母の事を聞きました。母が、この人の婚約者を奪ったと・・」
「それは嘘だ。マリア叔母上は、君の父親とエカテリーナが許婚同士であることを知らなかった。エカテリーナが一方的に叔母上のことを憎み、君を殺そうとしただけだ。」
「ですが・・」
「今起きたことはすぐに忘れるんだ、いいね?」
有無を言わせぬクリスチャンの言葉に、千尋は静かに頷いた。
「ねぇ奥様、お聞きになりまして? マリア皇女様の娘と名乗る少女が、宮廷に現れたことを?」
「ええ、そのことで社交界は今大騒ぎになっていますわ。その少女が本物なのか偽物なのかわかりませんけれど。」
「もし彼女が本物であれば、わたくし達も色々と動かねばなりませんわね。」
「ええ。」
千尋が今は亡きマリア皇女の娘として宮廷に現れたことは、瞬く間に社交界に知れ渡った。
彼女を歓迎する皇帝主催の舞踏会で、千尋はクリスチャンにエスコートされて大広間に入場した。
―あのブローチは、マリア皇女様の・・
―あの娘は、本物のようですな。
自分に突き刺さる好奇の視線に、千尋は自分の敵がエカテリーナだけではない事を知った。
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