『ヴァレリー様、ルドルフ様が苦しがっておられますよ。』
『タマキ、会いたかったわ~!』
ヴァレリーがルドルフの上から勢いよく飛び降りた所為で、彼はまた苦しそうに呻いた。
『お兄様ったら、一晩中お風呂に浸かっていて熱を出してしまわれたのですって!』
そう言って環の方を見たヴァレリーは、彼の顔が少し赤くなっていることに気づいた。
『タマキ、顔が赤いわよ、どうしたの?』
『少し、風邪をひいてしまったみたいです。』
『それは大変ね、今すぐお医者様をお呼びしないと!』
『大したことはありませんので、ご心配なく。』
『ヴァレリー、もう行かないと。また先生に怒られても知らないよ?』
『じゃぁね、タマキ!』
嵐のようにヴァレリーとフランが寝室から出て行くと、ルドルフが苦しそうに咳をした。
『まったく、病人相手に容赦ないな、あいつは。』
『ヴァレリー様は口では憎まれ口を叩きながらも、本当はルドルフ様の事をご心配なさっておられるのでしょう。』
環はそう言うと、寝台の端に腰掛けた。
『熱が下がらない。タマキ、一緒に寝てくれないか?』
『嫌です。貴方の所為でわたしも風邪をひいてしまったのですから、優しくなんて致しません。』
ルドルフからの誘いを環はにべもなく断ると、寝室から出て行った。
彼が去っていった後、ルドルフは溜息を吐いて眠った。
『殿下が熱を出される時は、いつも貴方がお傍にいらっしゃる時ですよね。』
寝室から出た環は、ドアの前に控えていたゲオルグからそう言われて赤面した。
『今更恥ずかしがらなくてもいいことでしょう?ここに居る者には貴方と殿下が恋人同士であることを皆知っていますから。』
『そうですか。ゲオルグさん、ルドルフ様にお粥(かゆ)を作って差し上げたいのですけれど・・』
『お粥、ですか?』
環の言葉を聞いたゲオルグが怪訝そうな顔をした。
『わたしの国では、病人にはお粥を食べさせるのです。こちらでは、何を食べさせるのかが解らないので、一応ゲオルグさんにお聞きしておこうと思いまして・・』
『貴方の国は、お米が主食なのですよね?』
『はい。』
『我々西洋人は、主食が肉なので、病人には牛肉を煮込んだスープを食べさせます。』
病人に消化が悪そうな牛肉を煮込んだスープを食べさせるということを知った環は、食文化の違いに驚いた。
『消化が悪い食べ物を食べさせたら、病気がよくならないのでは?』
『大丈夫です。却って栄養がついて、早く治ります。』
『そうですか・・』
『タマキさん、ルドルフ様の心配をなさるより、まずご自分の身体を労わってください。殿下の看病をなさっている貴方まで倒れられたら、殿下がまたはやまった行動をするかもしれませんので。』
『はい、肝に銘じます。』
何だかゲオルグと話していると、環は故郷の母親の事を思い出してしまった。
いつもは口うるさいものの、自分の事を心底心配してくれた母に、環は会いたくなった。
『どうかされましたか?』
『いいえ・・ゲオルグさんと話をしていると、突然母の事を思い出してしまって。』
自分と話している最中に突然笑い出した環を見たゲオルグがそう彼に聞くと、彼はそう言って涙ぐんだ。
『ゲオルグさん、ご家族は?』
『両親と妹二人の、五人家族です。あなたや殿下に口うるさくなってしまうのは、妹たちの世話をしている時の事を思い出してしまうからでしょうね。』
ゲオルグは溜息を吐き、環の手を握った。
『タマキさん、暫くは休んでください。あなたは最近根を詰め過ぎて倒れたばかりなのですから、休む時に休まないと身体に毒です。』
『解りました。ゲオルグさんのお言葉に甘えさせていただきます。』
ゲオルグと廊下で別れ、自分の寝室に入った環は、ドレスから夜着に着替えて寝台の上に横になると、シーツを胸まで被って目を閉じた。
暫くすると、誰かがこちらに向かってくる気配がした。
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