「この生地がいい!」
「あら、菊に似合いそうね。」
環は蒼い花柄の生地を自分に見せた菊にそう言うと、彼女に微笑んだ。
「お母様、さっきお客様が来たの?」
「ええ。でもすぐに帰ったわ。」
「ねぇお母様、どんなドレスを作ってくれるの?」
「それは、採寸してからね。」
菊の身体を採寸してから、環はドレスのデザイン画を描き始めた。
「それは?」
「菊のドレスです。あの子も大きくなってきたから、そろそろ新しいドレスを仕立ててあげようと思って。」
「そうか。タマキ、余り無理をするなよ?」
「解っています。それよりもルドルフ様、洋装店に大杉弁護士がいらっしゃいました。」
「あいつがお前の店に?」
「ええ。一体何をしに来たのか解りませんが・・気味が悪いです。」
「タマキ、暫く一人で外出は控えるんだ、解ったな?」
「はい。」
店に大杉弁護士が現れてから、環は必ず外出する時は静をお供につけ、彼が店に行く時の送り迎えは必ずルドルフがした。
そんな日々が続いたある日の事、環の店に一人の華族のご婦人が来店した。
「貴方ね、横浜で評判の洋装店を開いていらっしゃるという方は?」
「はい、そうですが・・」
「急なお願いで申し訳ないのですけれど、今度わたくしの家でガーデンパーティーをするので、いらしてくださらないこと?」
「お茶会、でございますか?」
「ええ、そうよ。貴方のお話は主人から色々と聞いているわ。」
ご婦人はそう言うと、環に向かって微笑んだ。
「あの、貴方のお名前は?」
「ああ、自己紹介が遅れてしまったわね。わたしは神谷凛子と申します。」
「神谷様・・もしや、幸さんの従兄の・・」
「まぁ、貴方主人の事をご存知なの?」
「はい。女学校時代に一度お会いしたことがありました。」
「そう。貴方、お嬢さんがいらっしゃるのでしょう?その子を是非、お茶会に連れていらしてね。」
お待ちしているわ、と神谷夫人はそう言って環の肩を叩くと、店から出て行った。
数日後、環は菊と共に神谷邸のガーデンパーティーに出席した。
「ようこそ、環さん!お待ちしていたわ。」
「本日はガーデンパーティーにお招き頂き、有難うございます。菊、凛子様にご挨拶なさい。」
環がそう言って自分の背後に隠れている菊の方を見ると、彼女は環から教えられた通りに、凛子に向かって挨拶した。
「お初にお目にかかります、奥様。菊と申します。」
「まぁ、可愛らしいお嬢さんだこと。」
凛子がそう言って菊を見つめていると、奥の方から凛子の夫である眞一郎が出て来た。
「貴方、こちらは長谷川環さんと、娘の菊ちゃんよ。」
「環さん、お久しぶりだね。」
「眞一郎様、お久しぶりでございます。まさか、横浜で貴方に再びお会いするとは思ってもいませんでした。」
眞一郎はそう言って環と握手を交わすと、環と菊を中庭へと連れて行った。
そこには色とりどりの薔薇が咲き誇っており、白い天幕が張られた所では美しい料理が並べられていた。
「お母様、薔薇を見に行っていい?」
「いいわよ。ドレスを汚しては駄目よ。」
「解ったわ!」
菊はドレスの裾を摘まんで薔薇園の方へと向かった。
「元気なお嬢さんですね。環さん、もしかしてあの子は・・」
「ええ、菊は幸さんが7年前、命と引き換えに産んだ子です。縁あって、わたし達が育てております。」
「そうか・・それは良かった。」
眞一郎はそう言うと、ハンカチで目元を拭った。
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