「さぁ、どうぞ。みんな遠慮なく食べてね。」
アリスがそう言ってサンドイッチを勧めると、子供達は嬉しそうに目を輝かせながらそれを頬張った。
「どう、美味しい?」
「美味しい!」
「ガブリエルちゃんは、食べないの?」
湖でアレクサンドラから怒鳴られたガブリエルを気遣ってアリスがそう声を掛けると、ガブリエルはゆっくりとサンドイッチの方へ手を伸ばした。
「ガブリエル、手を洗ってから頂きなさい。」
「はい・・」
「それと、貴方はみんなに迷惑を掛けたのだからサンドイッチは一個だけね。残りは全部、エルンスト君たちにあげるのよ、いいわね?」
「はい・・」
「アレクサンドラ、そんなに怒らなくてもいいだろう?ガブリエルは昨夜からピクニックを楽しみにしていたのだから・・」
「そのピクニックを台無しにしたのはこの子でしょう!」
ガブリエルを庇うルドルフの言葉に、アレクサンドラがそうヒステリックに叫ぶと、二人の間に険悪な空気が漂った。
「ガブリエルちゃん、こちらへいらっしゃい。」
「でも・・」
「ガブリエル、わたしはアレクサンドラと話があるから、アリス様の所へ行きなさい。」
「はい。」
「ちょっと、勝手に決めないでください!」
「アレクサンドラ、向こうで少し話したいことがある。わたしと一緒に来い。」
ルドルフは有無を言わさずアレクサンドラの手を掴み、彼女を無理矢理立ち上がらせると湖へと向かった。
「痛い、手を離してください!」
「アレクサンドラ、さっきのは一体何だ?あんな風にガブリエルに怒鳴った姿を初めて見たぞ?」
「わたしはガブリエルを叱っただけです。それのどこがいけないのですか?」
「ガブリエルを叱った事は間違っていないが、お前は感情を爆発させてあいつを怒鳴っていただけだろう?ガブリエルはお前を怖がって震えていたじゃないか?」
「だって、あの子は最近わたしの言う事を聞かないのですもの!怒鳴りたくもなりますわ!」
「だからといって、あんな事をガブリエルに言う必要はないだろう?少し頭を冷やしたらどうだ?」
ルドルフはそう冷たく突き放すかのような口調でアレクサンドラに言うと、そのまま彼女に背を向けてアリス達の元へと戻っていった。
ガブリエルはアリスの膝の上に乗り、デザートのアイスクリームを美味しそうに舐めていた。
「すっかり機嫌が直ったようだね、ガブリエル?」
「おとぅたま、これアリスたまからもらったの?」
「アリス様に有難うは言ったかい、ガブリエル?」
「うん、いったよ。」
「この度は御迷惑をお掛けしてしまって、申し訳ありませんでした。」
「いいえ、こういう事はよくあることですから、もう慣れていますわ。それよりも、アレクサンドラさんはどちらに?」
「彼女には、少し頭を冷やせと言って湖に置いていきました。」
ルドルフがそう言った時、アレクサンドラが彼らの元へ戻って来た。
「まぁガブリエル、お洋服を汚して!」
アイスクリームの染みがワンピースに広がっているのを目敏く見つけたアレクサンドラは、そう言って眦をつり上げた。
「ごめんなさい・・」
「アレクサンドラさん、ガブリエルちゃんを余り叱らないで。」
「でも・・」
「アレクサンドラさんもアイスクリームをどうぞ。」
「まぁ、有難う。ではお言葉に甘えて頂きますわ。」
アレクサンドラはそう言うと、ドライアイスが入ったケースからアイスクリームの容器をひとつ取り出した。
「美味しい。悪阻が酷かった時、大好きなアイスクリームを食べることが出来なくて、ずっと我慢していたの。」
「まぁ、そうだったの。ねぇアレクサンドラさん、今度機会があったら、わたし達がウィーンへ遊びに行くわ。」
「是非いらして。その時は子供達をプラターへ連れて行くわ。」
ピクニックの後、アレクサンドラはルドルフ達と共に滞在先の宮殿へと戻った。
「アレクサンドラお姉様、お休みなさい。」
「お休みなさい、エルジィ。」
「お父様、お休みなさい。」
「お休みエルジィ、良い夢を。」
エルジィがアレクサンドラとルドルフの頬にお休みのキスをした後、世話係の女官と共に自分の寝室に入った。
そこには、アレクサンドラの寝室に居る筈のガブリエルが、エルジィより先に寝台の中に潜り込んでいた。
「まぁガブリエル様、お母様の所にお戻りになりませんと。」
女官が慌ててガブリエルを寝台の中から引きずり出そうとすると、ガブリエルは激しく抵抗して泣き出した。
「いや、おかあさまこわいから、いっしょにねるのいやっ!」
「じゃぁ、エルジィと一緒に寝る?」
エルジィがそうガブリエルに尋ねると、ガブリエルは静かに頷いた。
「皇太子様、失礼いたします。」
「どうした、何かあったのか?」
「実は、ガブリエル様がエルジィ様とご一緒に寝ると聞かなくて・・どういたしましょう?」
「あの子の好きにさせてやれ。それと、この事はアレクサンドラには言わないように。」
「解りました。」
世話係の女官が部屋から出て行った後、ルドルフは煙草を一本箱から取り出し、それに火をつけて吸った後、深い溜息を吐いて天を仰いだ。
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