“貴方の大切な者を、不幸にしてやるわ。”
「お父様、それは?」
「ティナのベビーベッドに置かれていた。アレクサンドラ、わたしと来てくれ。」
「ですが・・」
「ティナを誘拐した犯人が誰か判った。」
そう言ったルドルフの顔は、怒りで歪んでいた。
「あら貴方、お珍しいわね、わたくしの所に来てくださるなんて。」
「シュティファニー、ティナを・・クリスティーナを返して貰おうか?」
「あら、何のことですの?わたくしはあの子の事など知りませんわ。」
「とぼけるのもいい加減にしろ!」
ルドルフは妻の胸倉を掴むと、彼女はヒステリックな笑い声をあげた。
「何が可笑しい?」
「貴方がいけないのよ、わたくしを蔑ろにしてこの女に夢中になるから!」
「シュティファニー、貴様!」
「わたくしを殺したければ殺しなさいな。」
シュティファニーがそう言ってルドルフを睨みつけた時、隣室から赤ん坊の泣き声が聞こえた。
「ティナ!」
「クリスティーナ!」
アレクサンドラとルドルフが隣室のドアを開けると、そこには蒼褪めた顔でクリスティーナを抱いている若い女官の姿があった。
「クリスティーナを返して貰おうか?」
「クララ、その子を皇太子様に渡しては駄目!」
「シュティファニー、お前は黙っていろ!」
「皇太子妃様・・」
ルドルフに泣きじゃくるクリスティーナを抱かせようとした若い女官は、主の言葉を聞いて一瞬躊躇った後、クリスティーナをルドルフに抱かせた。
「申し訳ありませんでした、皇太子様、アレクサンドラ様。クリスティーナ様を攫えと、皇太子妃様から命じられて・・」
「クララ、わたくしに逆らう気!?」
シュティファニーは自分の命令に従わない女官に激昂し、暖炉の前に置いてあった火掻き棒を掴んで彼女を激しく打擲(ちょうちゃく)し始めた。
「みんなどうしてわたくしに逆らうの!?わたくしは何も悪くないのに!」
「止めろ、シュティファニー!」
ルドルフから止められ、シュティファニーは叫びながら彼に突進してきた。
「貴方の所為よ、貴方の所為でわたくしは惨めなの!」
「アレクサンドラ、ティナを連れて部屋から出ろ。」
「はい。」
「待ちなさい、逃がさないわよ!」
シュティファニーがアレクサンドラに掴みかかろうとしたのを見たルドルフは、彼女を羽交い締めにした。
「アレクサンドラ、一体何があったの?」
「ヴァレリー様・・」
ヴァレリーは義姉の部屋から出て来たアレクサンドラが誘拐された筈のクリスティーナを抱いていることに気づき、義姉がクリスティーナを誘拐したのだと勘で解った。
「義姉上様はクリスティーナを誘拐して何をしようとしていたの?」
「解りません、今お父様が事情を聞いているのですが・・」
アレクサンドラがそう言った時、義姉の部屋から彼女の悲鳴と銃声が聞こえた。
「今のは何かしら?」
ヴァレリーとアレクサンドラがシュティファニーの部屋のドアをノックしたが、中から反応がなかった。
「義姉上様、どうなさったの?」
「お父様、一体何があったのです?」
数分後、蒼褪めた顔をしたルドルフが部屋から出て来た。
「ヴァレリー、救急車を呼んでくれ。」
「お兄様、一体何が・・」
ヴァレリーは兄の肩越しに、血塗れでうつ伏せになって絨毯の上に倒れているシュティファニーの姿を見て悲鳴を上げた。
「ヴァレリー、ルドルフ、一体何があったんだ!?」
ヴァレリーの悲鳴を聞きつけたフランツが侍従達と共にシュティファニーの部屋の前にやって来た。
「お父様、一体何があったのですか?」
アレクサンドラがそう言ってルドルフの方を見ると、彼の顔や着ている水色の軍服が血塗れなことに気づいた。
「ルドルフ様、すぐにお召し替えを。」
そう言って近づいて来たロシェクの手を乱暴に振り払うと、ルドルフは右手に持っていた拳銃を躊躇いなくこめかみに当て、引き金を引いた。
「おい、これは一体どうしたんだ!?」
軍の視察から戻って来たヨハン=サルヴァトールとフランツ=サルヴァトールが、銃声を聞きつけてルドルフ達の方へとやって来た。
そこで彼らが見たものは、右手を血塗れにしたルドルフが狂ったように笑っている姿だった。
「ルドルフ、一体何があった?」
「わたしが・・あいつを殺した。殺したくはなかったのに・・」
そう言ってヨハンを見つめるルドルフの瞳は虚ろで、何も映してはいなかった。
「誰か医者を呼べ!」
「ルドルフ兄様、しっかりしてください!」
医者と警察がルドルフ達の元にやって来るまで、ルドルフは狂ったように笑い続けた。
「博士、シュティファニーは?」
「残念ながら、皇太子妃様はお亡くなりになっております。」
「申し訳ありませんが陛下、暫くこの部屋を調べさせて頂きますよ。」
通報を受けて王宮に到着した警察長官・グスタフは皇帝の許可を得て、鑑識班と共に被害者・シュティファニーの部屋へと足を踏み入れた。
美しいペルシャ絨毯は、被害者の血を吸って赤黒く汚れており、家具や壁にも被害者の血が飛び散っていた。
「皇太子様は今どちらに?」
「ルドルフは銃が暴発した時に右手に怪我をしたので、今病院で治療を受けている。」
「そうですか。では治療が済み次第、皇太子様に事情を聞かなければなりません。」
「それはどういう意味だ?ルドルフがシュティファニーを殺したというのか?」
「銃弾は一発しか発射されていません。現場の状況から見れば、皇太子様が皇太子妃様を殺害した事には間違いありません。」
グスタフの言葉を聞いたフランツは絶句し、その場で気絶しそうになった。
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