素材は、
黒獅様からお借りしました。
「黒執事」「ツイステッドワンダーランド」の二次小説です。
作者様・出版社様・制作会社様とは一切関係ありません。
「僕に、構うな・・」
シエルはそう言うと立ち上がろうとしたが、その足は生まれたての子鹿のように震えていた。
このまま彼を放っておく訳にもいかず、セバスチャンはシエルを抱いて二階へと向かった。
「あなたは人魚でしょう?それなのに・・」
「何故、人間になれるのかって?僕達は、あいつらに薬を打たれたんだ。」
「薬?」
「三年前、僕達はある研究施設に連れて行かれた。その時、あいつが薬を打った。」
「どんな薬なのですか?」
「人魚を強制的に人間にさせるものだ。それを打たれたら、人間になった人魚は長く生きられない。だから、ジェイドをあの施設から助けたい・・」
「無理をしてはいけません!」
「うるさい、離せ!」
シエルはセバスチャンの腕の中で暴れたが、暫くするとシエルは激しく咳込んだ後、血を吐いた。
「彼の肺に、異常が見られます。人魚の肺は我々人間の肺よりも発達しているのですが、この子の場合は肺が発達し過ぎて身体に負荷がかかっている。」
「先生、彼は研究施設の者から、人間になる薬を強制的に打たれたようです。彼は、その薬の副作用で・・」
「その薬とは関係ないようです。」
「そうですか・・」
セバスチャンは、病室のベッドで眠っているシエルの手を握った。
すると、シエルは微かに呻いてセバスチャンを見た。
「ここは?」
「病院です。あなたの肺は、大き過ぎて身体に負担がかかっています。だから暫く入院する事に・・」
「入院だけは嫌だ!」
「わかりました、では主治医の先生と相談する事にしますね。」
セバスチャンはシエルの主治医を説得し、シエルは入院しない事になった。
「余り無理をしない事、それだけを守って下さいね。」
「わかりました。」
セバスチャンはシエルを車で家まで連れて行った。
「これから、あなたはどうしたいのですか?」
「仕事を続けたい。お金を貯めて、ジェイドの所へ行くんだ。」
「わかりました。ですがあなたは未成年です。働く時間帯は昼だけ、それだけでよろしいですね?」
「わかった。」
シエルは、週に三日、水槽の中で歌う事になった。
「おや、あの愛らしい駒鳥のような歌声を持った人魚の姿が見えないね、どうしたんだい?」
「申し訳ありません、シエルは昼にしか歌いませんので・・」
「そうかい、残念だね。」
シエルはドルイット子爵が苦手だったから、夜の営業時間帯だけ彼が店に顔を出すので、彼と会わなくて済むと思い、安心した。
「坊ちゃん、学校に行ってみませんか?」
「学校?学校なら海の中でも行ったぞ。」
「海の中でも学校はあるのですか?」
「まぁな。その学校では、人間と同じように数学や社会、経済学などを習った。」
「そうですか。では、人間の学校では、あなたには物足りないかもしれませんね。」
「どうして、急にそんな事を言い出すんだ?」
シエルはセバスチャンが作ったハンバーグを食べた後、そう言って彼を見た。
「このまま、あなたとわたし達の二人だけの世界に生きていいのかと思いましてね。あなたにはもっと広い世界を知って欲しいのです。」
「そうか、それも悪くない考えだ。」
セバスチャンの提案で、シエルはこの町にある私立の中高一貫の男子校に通う事になった。
「一人でネクタイを結べないとは、情けない。」
「う、うるさい!人間の服には慣れていなんだ。」
「全く、これからはそんな事を言い訳には出来ませんよ。あなたは、“人間”として生活するのですからね。」
「わ、わかった・・」
朝の支度に手間取ったシエルだったが、何とか学校の入学式には間に合った。
「歩き方も少しはマシになりましたね。」
「まぁな。」
「これは、薬です。あなたが研究施設で打たれた薬とは違って、人間でいられる時間が長くはありません。毎日一錠、欠かさず飲むのですよ。」
「わかった。」
「では、あなたに幸運を。」
セバスチャンは、そう言った後シエルの唇を塞いだ。
「何をする!?」
「幸運のおまじないですよ。」
「そんなもの、要らない!」
シエルは顔を赤く染めると、セバスチャンに背を向けて校舎の中へと入っていった。
(全く、意地っ張りなんだから・・)
入学式に現れたその生徒が、入学式が行われる講堂の中に入って来た途端、全校生徒のみならず、教職員、そして保護者達が彼の美しさに心を奪われた。
蒼銀色の髪をなびかせ、美しい紫と蒼の瞳を煌めかせたその少年の傍らには、長身で黒髪の保護者と思しき青年が立っていた。
―あの人達、モデル?
―もしかして、芸能人だったりして!
―まさかぁ!
やっぱり、こうなると思った―セバスチャンは内心溜息を吐きながら、自分の隣に立っているシエルを見た。
「シエル、緊張していませんか?」
「別に。」
「そうですか・・」
「これからこの学校で、楽しく過ごせそうだ。」
入学式が終わり、シエルが教室に入ると、その場に居た生徒達が全員彼を見た。
「では、それぞれ自己紹介を・・」
「シエル=ファントムハイヴです。趣味は読書、好きな食べ物はガトーショコラです、よろしくお願いします。」
シエルはそう言うと、愛想笑いを浮かべた。
(シエル、上手くやっているのでしょうか?いじめられていないでしょうか?)
「オーナー、今月の売り上げです、オーナー?」
「すいません、ボーッとしていました。」
「今月の売り上げは上々です、オーナー。ですが、ひとつ問題が・・」
「問題?」
「はい。ドルイット子爵が、あの人魚を夜にも歌わせろと言い出しまして・・」
「シエルは、未成年なので夜には働かせる事が出来ませんと、今夜子爵がいらした時に伝えて下さい。」
「わかりました。それよりもオーナー、そのガトーショコラ、どうされるのですか?」
「えっ?」
ボーっとしていた所為で、セバスチャンはガトーショコラを10個も作ってしまった。
「・・仕方ありませんね、店に出しましょう。」
「はい・・」
セバスチャンはシエルの事が心配で、その日は仕事にならなかった。
そんなセバスチャンの心配をよそに、シエルはクラスメイト達とすぐに打ち解けていった。
「シエル君、セバスチャンさんと一緒に住んでいるんだ?」
「まぁね。」
クラスメイト達に自分が人魚であるという事は話さず、セバスチャンとは遠縁の親族同士だという嘘を吐いていた。
「セバスチャンは、ここでは有名人なのか?」
「有名人に決まっているよ!セバスチャンさんは、経済誌で特集を組まれている程の実業家なんだよ!」
「一時期、芸能界にスカウトされた事もあったらしいよ。」
「ふぅん・・」
入学式初日、教室で配布された教科書と資料集をリュックサックに詰めたシエルは、校舎に隣接する図書館でセバスチャンの特集が組まれている経済誌とファッション誌に目を通した。
そこには、何故か胸元を肌けさせたセバスチャンの写真があった。
経済誌だというのに、そんなセバスチャンのグラビアページが数枚も続いた後、肝心のインタビュー記事は見開き2ページだけだった。
初めて会った時からセバスチャンが只者ではない事に気づいたシエルだったが、閉鎖直前のラウンジを一ヶ月という短期間で復活させた彼の経営手腕は見事なものだった。
ひとしきりファッション誌のセバスチャンのグラビアページを眺めたシエルが図書館から出ようとした時、彼は一人の男とぶつかってしまった。
「す、すいません・・」
「怪我は無いかい?」
そう言ってシエルが俯いていた顔を上げると、そこにはドルイット子爵の姿があった。
「おや、君は・・」
「し、失礼します!」
何だってこんな所で、あの男に会ってしまったのだろう―そんな事を思いながらシエルが帰路に着いていると、セバスチャンはラウンジで一人の男性と対峙していた。
「セバスチャン、今度こそあたしのショーに出て貰うわよ。」
「グレルさん、何度いらっしゃっても返事は変わりませんよ、お帰り下さい。」
「相変わらずつれないわ~、でも、そんな所もいいわぁ~」
美しい赤髪をなびかせた彼は、ラウンジから出て行った。
「ただいま。」
「お帰りなさい、坊っちゃん。学校はどうでしたか?」
「まぁまぁだったな。」
「そうですか。」
セバスチャンは、シエルのガトーショコラを冷蔵庫から出す為、厨房へと向かった。
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