“伝説の島”で、ユリウスとルドルフは海賊が隠した宝を何のてがかりもなしに探していた。
「もう諦めた方がいいんじゃないですか?そもそも、地図もコンパスも持っていないと浜辺に戻るのも無理ですし・・」
生い茂る雑草をかき分けながらユリウスはただひたすら前進するルドルフを見て言った。
「宝が見つからなくても、僕はそんなことどうでもいい。ただ、お前とこうして過ごしていられることが楽しいんだ。」
「ルドルフ様・・」
「こんな遊びは、ホーフブルクではできないからな。」
そう言ったルドルフの顔に、屈託のない笑みが浮かんだ。
(ルドルフ様のこんな顔、初めて見る・・)
初めてバイエルンで出会った頃、ルドルフは終始厳しい表情を浮かべていた。
その理由ははじめ解らなかったが、ホーフブルクで共に暮らすうちにその理由がだんだんと解ってきた。というよりも、解らなければならなかったのだ。
絢爛豪華で煌びやかな世界である宮廷の裏側には、悪意を持った人間が空を覆い尽くす黒雲のように自分達の周りにいるのだということを。
オーストリアの皇太子として、ルドルフは悪意の声を撥ねつける強さをいつも保っていなければならなかったから、子どもらしい表情を浮かべることができなかったのだろう。
だがユリウスとウィーンを離れた地中海に浮かぶこの島で、ルドルフはオーストリア・ハンガリー帝国皇太子としてではなく、ただ1人の子どもとして、暮れゆく夏空の下束の間の自由を満喫しているのだ。
今この時がもう2度と自分達の元に巡ってくることはないだろうと、ユリウスは確信していた。
穏やかで幸せな時間は、あっという間に過ぎてしまう。
その時間が過ぎ去ってしまうまで、ユリウスはルドルフとこの時間を楽しむことにした。
宝探しなど、もうどうでもよくなってきた。
ユリウスがルドルフの後について歩いていると、突然彼が足を止めた。
「どうされましたか、ルドルフ様?」
「ユリウス、宝を見つけたぞ。」
ルドルフはそう言って指差した方向には、まるで舞い踊るかのように美しい翅をひらひらとさせながら飛んでいる蒼い蝶の群れだった。
「綺麗ですね・・」
ユリウスとルドルフはしばしその美しい群れに魅入った。
「海賊たちがこの島で見た宝というのは、この蝶達だったかもしれないな。」
「ええ、そうでしょうね、きっと・・」
ユリウスはそう言ってルドルフに微笑んだ。
その後2人は船に乗ろうとしたが、漁師はとっくに島を離れてしまい、2人は島で一夜を過ごす羽目になった。
「お寒くないですか?」
たまたま断崖の下にあった洞穴で夜を過ごすこととなったので、ユリウスはそう言ってルドルフを見た。
「ああ。それにしても急に風が冷たくなったな。」
「もう夏は終わりですからね。」
ユリウスがそう言って洞穴の外を見ようとしたとき、突然ルドルフの手が伸びてきた。
「ルドルフさ・・」
ユリウスの唇に、柔らかいものが当たった。それがルドルフの唇と解るまで数秒かかった。
「何を・・」
「別に。キスしたいからしただけのことだ。」
顔を真っ赤にしたユリウスの反応を楽しみながら、ルドルフはそう言って洞穴を出た。
「お待ちください、ルドルフ様!」
慌ててユリウスも洞穴を出ると、空には無数の星が煌めいていた。
「今日は楽しかったな。」
「ええ・・」
翌朝2人が戻ると、待っていたのはジゼルとアフロディーテの叱責だった。
南イタリアで過ごした休暇は、ルドルフとユリウスにとってとても大切な思い出となった。
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