「そうですか、そんなことが・・」
ナサニエルからタシャン一族に纏わる哀しい歴史を聞いた後、セシャンはそう言って溜息を吐いた。
「イルディア様があの時、軍人でありながら公平な心を持ち、“穢れ”とされていたタシャンを護ってくれたことは一生忘れんだろうよ。」
ナサニエルは少し疲れた様子でそう言うと、すっかり冷めてしまった珈琲を飲んだ。
「イルディア様は軍人としても、男しても尊敬できる御方です。」
「セシャンさん、エリスをこれからも愛し、守ってやってくれ。」
セシャンはナサニエルの言葉に力強く頷き、彼の手を握ると、神殿をあとにした。
自宅までの道のりを馬上から見下ろしていると、最近路上に孤児の姿が多いことに、セシャンは気づいた。
10年前の戦では、サカキノ国とアルディン帝国双方とも国内外に甚大な被害を出し、都市機能は完全に回復したが、市民達は未だに10年前の状態のまま放置されている者が多い。
「旦那ぁ、金貨を恵んでくだせぇ!」
ふとセシャンが前方を見ると、松葉杖をつき襤褸(ぼろ)を纏った青年がよろよろと歩きながら両手を自分の方に突き出した。
セシャンは舌打ちし、腰の巾着に入っていた数枚の金貨を男に向って投げた。
「ありがとうございます、旦那!」
男は金貨を受け取ると、それを大事そうに巾着袋にしまいながら、通りを駆けていった。
「お兄さぁん、俺と楽しいことしなぁい? 安くしとくよ。」
セシャンが通りを抜けようとした時、亜麻色の髪をした厚化粧の女がそう言って彼を見た。
「悪いが、急いでいるんでね。」
「んもぉ、つれないんだからぁ。俺があんたを天国に連れてってやろうって言ってるのにぃ。」
どんなにセシャンが無視しても、女はしつこく纏わりついて来た。
「ねぇ、ちょっとだけでいいからさぁ、付き合ってよぉ。」
「しつこい!」
セシャンは女に向って鞭を振り下ろした。
「畜生、何すんだ!」
女は怒りで菫色の瞳をぎらつかせながら、セシャンを睨むと彼に石を投げつけた。
「とっとと俺の前から失せろ!」
女は怒りの唸り声をあげながらセシャンの頬を引っ掻いた。
その様子を、噂好きの令嬢が馬車の窓から見ていた。
(あら、あれは確か・・)
翌日、エリスはとんでもない噂をシンから聞いた。
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