「どうして、それを?」
千尋がそう言って李鈴達を見ると、李鈴が一歩彼女の前に近づいた。
「この前、お花見している土方様とあなたを見たのよ。その時、左手の薬指に指輪を嵌めていたでしょう?」
「ええ・・」
李鈴達に知られてしまった以上、もう隠すことはできない。
「わたくしは土方様と結婚しているわ。それに、彼の子どもを妊娠しているの。」
千尋がそう言って級友達を見た時、彼女達は絶句していた。
「千尋さん・・」
「もうここには居られないわね。短い間だけどお世話になりました。」
千尋は李鈴達に頭を下げると、教室から出て行った。
「どうしたんだ、チヒロ君?」
もうすぐ授業が始まるというのに、廊下を歩いている千尋を見つけたアンドリューが、そう言って彼女を呼び留めると、彼女はハンカチで目元を押さえていた。
「先生・・」
「一体何があったんだ?」
「わたくしは、ここを辞めなければなりません。」
彼女の言葉を聞いたアンドリューは一瞬動揺したが、彼女を美術室へと連れて行った。
「どういう事なんだ、君がここを辞めなければならないなんて?」
「わたくしが土方様のメイドとして住み込みで働いていることはもうご存知でしょう?」
「ああ。それがどうか・・」
「その土方様とわたくしは夫婦になりました。奥様が亡くなられてまだ二月も経たない内にわたくしは土方様と再婚し、その上彼の子まで妊娠してます。こんな生徒、学校には置いていけませんよね?」
「本当なのか?」
アンドリューがそっと千尋の手を握ると、彼女は静かに頷いた。
「もう李鈴さん達は知っております。彼女達もこんなふしだらな女と机を並べて勉強したくないでしょうから・・」
「早まってはいけないよ、チヒロ君。」
アンドリューがそう言って千尋を励ますと、彼女は啜り泣いた。
「先生、申し訳ありません。短い間でしたが、お世話になりました。」
千尋は椅子から立ち上がると、美術室から出て行った。
始業を知らせる鐘はとっくに鳴ったが、彼女は教室に戻らずにそのまま校舎から出た。
半年間だけだったが、楽しい学校生活を送れて嬉しかった。
もうここには居られない―千尋がそう思いながら歩いていると、誰かが自分の腕を掴んだ。
「チヒロ君、本当に学校を辞めるつもりなのか!?」
「もう、決めた事ですから。」
「どうして君は、1人で決断しようとするんだ! どうして誰にも相談せずに悩みを抱え込もうとする!」
「相談なんて出来る筈がないでしょう? わたくしは周りから非難の視線を浴びながらここに居るのは耐えられないから辞める、それだけです! もうわたくしの事は放っておいてください!」
千尋はアンドリューの手を振り払うと、女学校の校門から外へと走り去っていった。
「チヒロ君、君は本当にそれでいいのか?」
誰も居なくなった校門で呟いたアンドリューは、校舎の中へと戻っていった。
女学校を飛び出した千尋は、どこへ向かうでもなく、ただひたすら走っていた。
(旦那様には言えない・・)
土方とは今顔を合わせたくなかった。
彼と総美が通わせてくれた女学校を辞めたなんて、決して口が裂けても言えない。
これからの事を考えながら走っていた千尋は、全く周りが見えていなかった。
「危ない!」
俯いていた顔を彼女が上げると、目の前に馬車が迫っていた。
千尋は悲鳴を上げた時、激しい衝撃が彼女の身体を襲った。
(旦那様・・)
「君、大丈夫かい!?」
頭上で声が聞こえたと思った途端、千尋は意識を失った。
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